過去への招待状

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過去への招待状

 恐る恐る、中身を取りだした。  母も、黙って見守っていた。  手が震え、視線の先には赤い封筒の口と、切れ端のくずが見えるのみだった。  紙は四つ折りになっている。  薄くてガサついた紙だった。  横に開き、縦に開く。  中には、こう記されていた。 「お久しぶりです。  時空間旅行のご案内をさせていただきます。  9月2日、来週の金曜日にお伺いしますので、行先と年月日をできるだけ詳しくお考え置きください。  追伸、菊田 武夫(きくた たけお)さまのメッセージと、忘れものをお預かりしております。  詳細は直接お会いしてお話させていただきます。        時空間旅行企画運営担当 ルージュ」  内容を丁寧に読み上げると、母が言った。 「あら。  またいらっしゃるのね。  じゃあ、何かごちそうを作りましょう」  まるで、親戚が久しぶりにやってくるようだった。 「こういうことだから、今夜は寝るわ。  明日休みだから、じっくり考えてみる」 「そうね。  今日もお疲れさま」  夕飯を済ませ、身体を洗ってから寝床に入った。  布団を出して、横になるとさっき見た猫が目に浮かんできた。 「なぜ、猫に行先を言ったんだろ」  黒猫は香苗をじっと見ていた。  まるですべてを見透かすように。  ルージュは、父のことを書いていた。  突然の事故で、20年前に亡くなった父のことはほとんど知らない。  新しい技術に取り組む技術者であったという、漠然としたイメージしかない。  何を夢見ていたのだろう。  手がかりは、1889年のパリ万博にあるはずだ。  時空間旅行などという突拍子もない企画が自分に提案されたことは、必然的らしい。  ならば、どうして。  考えがなかなかまとまらないが、漠然とした父のイメージが徐々に形を帯びてきた。  前回ルージュが現れたとき、香苗はまだ大学生だった。  時空間旅行のことも、父が利用していたことも突然知らされたのだ。  もし自分が、遠い過去へ遡って旅行できるとしたら。  普通の生活をしていて、考えることはないだろう。  あったとしても、本気ではない。  恐らく、宝くじが当たるくらいの確率で当たったのだろう。  仮に他人に話しても、信用されないし話すべきではない気がする。  ルージュの態度に誠意がこもっていて、香苗個人というよりも、世の中全体に問題提起しているように感じられる。  企画関連職に着くことができる人は、限られている。  キャンペーンを打つということは、時代の流れを知り影響力を発揮することなのだ。  父についても、何か普通ではないことを考えていたように感じていた。
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