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深紅の企画書
その日も、夜遅くに帰宅した。
電車の中は、酒臭いサラリーマンが増え、陽気な話し声が間断なく響く。
毎日のことだが、香苗は聞こえないようにイヤホンをして激しいダンスミュージックを聞いていた。
一日仕事をして疲れたときには、穏やかな音楽を聴いて神経をリラックスさせる方が理にかなっている。
だが、いわゆるヒーリング音楽が、睡眠を深くしたり神経をリラックスさせるという客観的データは乏しい。
なんとなくスローテンポで神秘的な音楽が、神経を癒すと思い込んでいるだけだ。
香苗は今を全力で生きている。
他人の何倍も意味深い仕事をしているという実感を持って、毎日精力的に仕事に打ち込んでいるのだ。
だからいつでも神経を覚醒していたい。
もっと自分にはやるべきことがあるはず。
こうしていた方が夜もよく眠れた。
「ただいま」
家には母がいる。
夕食の支度をして、レンジでチンすればすぐ食べられるようにしていてくれた。
「おかえりなさい」
通勤カバンを片付けようと、階段を上った。
自分の部屋のドアハンドルに、いつものように手をかけた。
住み慣れた家だから、ドアハンドルは握らない。
ちょっと指先を引っ掛けて下げればロックを外すと同時に開いてしまうのだ。
そんな当たり前の動作が、今日はスムーズにいかなかった。
もしかしたら、今日かもしれない。
期待というよりも、習慣といった方がいい。
このままずっと、何事もなく過ぎてもいい。
ただ、満月の夜にちょっぴり夢をみる。
例えるなら宝くじだ。
当たることを期待して宝くじを買うだろうか。
もちろん期待しないわけではない。
だが、夢をみるために買っているのではないだろうか。
本気で儲けようとするなら、回収率50%未満という絶望的なくじを買わないだろう。
長年損し続けても買うのは、夢を買うからに他ならない。
もしかすると、机の上にあの書類が置かれているのではないだろうか。
妙に重たいドアハンドルを、気合いを込めて押し下げた。
反動で跳ね上がり、ドアが勢いよく開いた。
横長の黒いパソコンデスクと、メッシュ地の黒いハイバックチェア。
窓辺に設えた作業スペースの横には、英会話とパソコンの本が並んでいた。
そして、机の隅に今朝読みかけだった雑誌が開いたまま。
中央にある一体型パソコンの前に、赤い封筒が置かれているのを見つけた。
月の銀の光が差し込み、本が影を落とす。
その中に、ひときわ鮮やかな赤。
香苗は、何を意味するのかを瞬時に理解した。
「まさか、本当に来るなんて─── 」
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