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水先案内人
みなさん、お久しぶりです。
この作品から読み始めた方は、はじめまして。
こうしてお会いできたのも、時空の巡り合わせに違いありません。
私は「ルージュ」と申します。
トレードマークは赤いネクタイです。
時空間旅行を商品として提供しております。
見返りとして、お金の代わりにポイントをいただきます。
お得意様の菊田 香苗さんに、お父様が貯めたポイントを利用して、時空間旅行を企画いたしました。
でも結局旅行しなかったのですが、必ず戻ると約束いたしました。
ようやくその日がやってきたので、私はウソつきにならなくて済みそうです。
お優しい香苗さんは、あまり当てにしていなかったご様子。
なおさら、連れて行って差し上げなくては、と思った次第です。
それと、亡くなられたお父様の「忘れもの」をお届けする義務もございます。
それでは、懐かしいお宅にお邪魔するといたしましょう。
まだまだ残暑が厳しい季節である。
再来週の土曜日、9月10日は旧暦の8月15日。
中秋の名月、十五夜の日である。
十五夜と満月は必ずしも一致しない。
だが今年は満月の十五夜だった。
香苗は憧れの企画関連職に就職し、仕事が楽しくてしょうがない。
入社して日が浅いにもかかわらず、大きなキャンペーンを任されて意欲に燃えていた。
「今年は満月ロゼキャンペーンを拡大して『十五夜SOROI』を成功させるぞ」
企画部全体で、全国のショッピングモールに向けた販売戦略を軸に日本中を巻き込む。
そもそもロゼワインは日本人に馴染みがなかった。
限定ものとして、満月の日に店頭販売することによって爆発的ヒットになった。
物の売り方、つまり商売は奥深いものだ。
たくさん売ろうとして、長い期間店頭に置いたり割引したり、タレント広告を無暗に打つのは素人考えである。
消費者は安い商品に飛びついて買うだろうが、その先はない。
安売りをすればブランドの体力を奪う。
人間に例えれば、酒、煙草などの嗜好品で慰め、寿命を縮めるのである。
ならば、どうするのだろうか。
どっしりと腰を据えて、物事の本質を見極めなくてはならない。
物事には、ストーリーがある。
背景にあるストーリーを情感豊かに語ることによって、世の中全体が動くのだ。
ダイナミックなプロジェクトの中心にいることが、香苗の誇りだった。
そして、もうひとつ気になることがあった。
こちらはとても個人的な理由だった。
満月の日が近づくたびに、自宅の机の上を確認してしまう。
リビングには天文カレンダーが架けてあった。
月の満ち欠けが、大きな図像とパーセンテージで正確に書かれている。
「中秋の名月」の日にちは毎年異なる。
そして、満月とカレンダーはまったく別だから、毎日何パーセント欠けているのかを確認しなくてはわからなくなるものなのだ。
まったく畑違いの天文カレンダーに関心を持つようになったのも、ある人物との出会いがきっかけだった。
そして、再会の時は突然やってくる。
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