神様イミテーション

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「堀河、40分、仮眠してええで」 「えっ、いいんすか!?」  跳び上がらんばかりに喜ぶ堀河に、バレないようにせえよ、と鷹司が付け足す。ああそれなら、と楓が提案した。 「暗室、お使いになりますか。平面で寝た方が少しでもマシかと」  最近はデジカメが主流なので、暗室は単なる作業部屋になっており、院生達の仮眠にも使っている。バンザイの格好のまま固まる堀河に、「学生に案内頼みましょう」と告げ、向かいの院生室に向かう。運良く来ていた桃園に簡単に経緯を話してあとを任せ、昨日赤谷家から仕入れた茶菓子を手に教授室に戻った。  ドアを開けると、ジャケットを脱いだ鷹司に、津川が洗顔を勧めていた。さもありなん。 「コーヒー、ではないものが良いですかね。むしろ温かいものにしますか」 「……恐縮です」 「ラボに風呂かシャワーがあればいいんですけどねえ」 「や、それは学生が住み着くんでダメです」  言いながら、楓はポットを沸騰にセットし、確かまだあったはずと冷蔵庫から柚子茶のビンを取り出す。ラボに余っているタオルで顔を拭く鷹司の前に、湯気の立つマグカップを置いた。 「いやあ……染みますね、これは」  恐らく寝ていないだろう刑事に、他にもカロリーをと焼き菓子や練り菓子を並べておく。 「私は室内にも居ましたが、堀河は昨日、鴨川をさらいましてね。濡れて困る季節ではないとはいえ、この気温ではさすがに」  猛暑日の炎天下、川の中で肉体労働…!  思わず楓も津川も瞑目した。40分といわず寝かせてやりたい気持ちになりつつ、それはつまり、とつい聞きたくなる。 「鴨川に事件の手掛かりが?」 「ええ。容疑者が逃走中に、ディバッグを投げ込みました」  それはこの上ない証拠品だ、どんな川でも捜索するだろう。事件が発生したのは河原町なので、その直後に鴨川に所持品を投げ入れたということか。容疑者はその後、烏丸方面に逃走したことになる。楓は本棚から道路マップを取り出し、市街地のページを開く。 「て、それ、部外者が聞いてもいいやつですか…?」 「あんまりよくはないです。でも、先生方ならまあ。どのみち、今日中には報道に出ます」  この事態にも冷静な鷹司に、おうふ、と楓が唸るが、 「ということは、うちとその、容疑者との関連がはっきりしたということですね?」  津川の的確な質問に、ええ、と鷹司が浅く頷いた。  容疑者は逃走しつつ、背負っていたディバッグから自らの所持品を鴨川に撒いたそうだ。捜査霍乱のためだろうが、おかげで京都府警の捜査員の相当数が川底をさらうことになった。 「何が落ちたかわかりませんからね。あの辺り一帯から下流の方まで大々的に」 「そうでしょうね。水量が少ない時で良かったです」  これが梅雨時や台風の後であったら、もうアウトだろう。 「とにかく、少しでも怪しいものは引き上げることになりましたが、その中にほとんど濡れていない書籍が数冊ありました」 「……なるほど」  書籍なら重さもあるだろう。走りながら投げ捨てたとしても、運良く川面まで到達しなかったということか。捜査陣には幸運な、容疑者にとっては……想定のうちかどうか。 「それで、その中の二冊がこちらの、K大図書館の蔵書でした」 「ええっ!?」 「貸出用バーコードのシールが」  そんな迂闊な、というより致命的なミスに聞こえた。楓も津川も息を呑む。 「近頃の図書館は蔵書の管理も厳しいですよね、そんな」 「少し返却が遅れただけでも電話かかってきますし、誰が借りたかなんて」 「ええ、そうですね。私の現役時から根本的な変化はないようですが、ここしばらくのIT化でネットワーク上での管理に変わって、データベースも随分拡張されていました。でも」  そこで鷹司は手にした柚子茶を飲み干した。  肝心のブツは、10年以上前に図書館から消えたものだった、という。
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