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いきなり話が飛んできた。赤谷姉妹の会話はもはや飛び道具である。
「いえまったく……」
山科家は雅な名前と正反対に服飾には無頓着である。とにかく機能重視で洗える衣類が最上であるので、和装はその対極にある。
というか、そもそも正直、和服が似合うとはとても思わないのだが……
「なに言うてはるの!? もったいない!」
「贅沢言ってんじゃないわよ、そんだけのポテンシャル、ドブに捨てる気?!」
非難囂々である。だが、楓としてもこれには一家言ある。
「やはり着物は日本人のための衣装だと思いますね。どうも違和感が」
「まあ民族衣装だけどね、ん? えっ、センセ、日本人やないの?」
言われて楓自身も気付くが、そういえば教えた記憶はない。必要がなければ開示しないが、特に隠しているわけでもないので、はあと頷く。
「そうですね、クウォータです。父方の祖父がイングランド出身で」
最近ではダブルと表現することもあるようだが、伝達するなら1/4だなと余計な事を考えたりもする。そんな事を言いつつ煎茶を啜る楓の目の前で、婦人二人は大盛り上がりだ。
「もう、どうりでブリティッシュスタイルが似合うてはると思った!」
「そっかー、やっぱり純粋なモンゴロイドとは骨格から違うてるのかなー?」
骨格…?
と更に首を捻っていると、なら今度はあの型紙で、それなら○○の生地がとか何とか、違う話が始まっている。(なお先達て助教に採用されたときに、就職祝いと称した大家と二人でアカヤ紳士服でスーツをオーダーをしている。採寸や仮縫いでは祐輔はもちろん、三姉妹も加わって大騒ぎだった。余談である。)
とにかく、早々に話を切り上げたい楓としてはめげずに続けた。
「ええっと、まあ和装の必要もないですし」
「あら、そうでもないですよ、ほら今日、先生の研究室にいらしてた南米のお客さまに日本文化を紹介するとか」
「え? いや、そういう分野ではないので、物理ですよ?」
「異文化交流は草の根から云いますでしょう?」
今日の体験をさっそく活かす早苗に舌を巻きつつ、云うかもしれないが今じゃない、をオブラートに包んで言うにはどうしたら、と楓が悩んでいるうちに話が進む。
「まずはうちの新製品着てみません?」
「先生なら、きっとお似合いにならはる色柄のがあるんです」
「いや、そういうのは、まず祐輔君に、」
「祐輔はもう散々着せて撮りましたしねえ、新鮮味もないいうか」
姉としては酷い言い様である。末っ子長男のモデルとしての素質は十分だと思うが、たしかにもう一通りは試しているであろうことも想像に難くない。そういえば結婚式の紋付き袴姿は赤谷呉服店のポスターになっていた。
しかしこのまま流されてはいけない。楓は次の生贄を差し出すことにした。
「うちの大家はどうですか。もうスポンサード契約ありますよね」
「あー、ほたちゃんはね、細すぎてダメなんよ」
「単品で見れば、あんなバランスが取れたスタイルもなかなか見ないけど、和服となるとねえ……」
「案山子に布巻いた感じになるの」
「あぁ……わかります」
もちろん商売道具だ、大家も熱心に鍛えているが、元々の体質なのかちっとも筋肉量は増えず、陸上の長距離選手のような体型のままだった。民族衣装とはもちろん、その土地の人間に会うようにつくられているものだ。着物は胴長寸胴でないとすぐ着崩れたりする。だいたい、穂高の腰の上で帯を結んだところで常人のウエストより位置が高い。思わず頷いてしまう楓に、ここぞとばかりに早苗と百合が攻勢をかける。
「ただね、今回は外国人観光客向けなんよ。それなら先生にうってつけ」
「そうそう、もう大学の先生も公務員やない云うし、副業してもええでしょう?」
「なんの話を、いや、あの、さすがにもう仕事が! 大学に戻らないと!」
と、ようやく赤谷姉妹の追撃を振り切ったのだった。
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