神様イミテーション

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「鷹司さん!」  廊下の先に現れたのは知人の刑事だった。  いささか、いや、かなり疲弊している。いつもはきちんと着こなしているスーツもよれて、せっかくの渋い男前も台無しだった。  鷹司は数年前に楓が巻き込まれた盗聴事件の担当だったが、その後、所轄の生活安全課から府警の捜査二課に戻った。詳細を尋ねたことはないが、もともと優秀な人で、事情があって所轄に異動になったのが元の鞘に収まったということらしい。  それでも楓の大学時代の後輩である綾野検事を通して、細々と交流が続いていた。行きつけの喫茶店でひょっこり出くわしたこともある。 「ということは、あの事件のご担当ですか?」 「ええ、もう、うちはほぼ全員これで」  まあそうだろう。  府警としては威信にかけても逃がすわけには行かないホシだ。鷹司の後ろに立つ、若手の妙にガタイのいい刑事の顔も疲労の色が濃いが、目だけは光っている。事件の緊張感もあるだろうが、この暑さだ、疲労感は倍増しているだろう。  その様子を教授二人は興味深げに眺めていたが、日向がはっと気付いた様子で云う。 「すみません、時間が。私はこれで」 「やあ、こちらこそお引き留めして。いってらっしゃい」  では、と腰を折る姿も優雅な日向を見送っていると、後ろにいた大柄な刑事が呟く。 「いまのひと、こちらの先生ですか?」 「ええ、隣の地球惑星科の教授をなさってます」 「教授せんせい……あれ、でも、たしか■■■の道場にいてはったような」 「は?」  どうじょう?  クエスチョンマークが一同の顔に出たのだろう、その刑事が補足する。 「えっと、本職はもともと武道採用で。いまのひと、武術師範の道場でお見かけしたことがある気ぃします」 「こいつ機動隊出身なんですよ、春にうちに異動になりまして」  鷹司の補足に、なるほどという納得感が漂う。堀河です、と名乗った若い刑事は確かに、大家の同僚にいてもおかしくない体格と佇まいである。  そこで津川が何かに気付いたように「ああ」と首を傾けた。 「道場、通ってても不思議じゃないかなあ、日向先生、剣道もやってたと思います」 「も?」  反射的に楓と鷹司のツッコミがそろった。 「弓道部のOBらしいんだけど、それ以外にもやってたって誰かが……なんでもね、流鏑馬出来るらしいよ?」 「やぶさめ??」  って、あの、馬で駆けながら弓を引くヤツですか? 葵祭とかのニュースで見る? という楓と鷹司の疑問に、そうそう、と津川は頷く。 「正直、意外でもなんでもないですね、似合いすぎる」 「かっこいいよねえ、着物もびしっと着こなして」 「そういう人材がフツーにいるのがK大っぽいっすね」  そこは偏見です、と断ってから、楓は鷹司と堀河に向き直る。 「お二人ともお疲れでしょう。お茶でもいかがですか、少し休憩されては」  率直に云えば事件の話を聞きたかったのだが、二人の憔悴ぶりに仏心も出たので、楓がそう水を向けると、堀河の顔が目に見えて明るくなった。鷹司も僅かに逡巡したが、ひとつ息を吐くと「ご馳走になります」と会釈した。  どうぞこちらに、と教授室に案内しつつ、楓は津川と日向の言っていた「あの頃と似た空気」の正体は何だろうかと考えていた。
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