神様イミテーション

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 ブウン、と教授室の空調が軋んだ音を立てた。 「そんな……貸し出したっきり、返却されていなかったもの、ということですか?」 「はい。もちろん、当時も管理は相応に厳格で、データベース化もされていました。ただ、いかんせん10年以上前ですのでね」  うわっ、と楓も思わず声が出た。 「データ化されていただけマシ、というわけにはいかないんですよ。システムが古いんです。情報を呼び出す手間と手段が限られていることを考えると、結局、打ち出しを確認するハメになりました。人海戦術のほうが楽で」  横を見れば、津川の気の毒そうな顔が目に入った。恐らく自分も同じ様な表情をしているだろう。楓は、全員の茶を煎れ直すことにした。  その手の作業は慣れている、まだ印字だった分、楽でした、と平然と云う鷹司を楓は心から尊敬した。おまわりさんありがとう。 「それに、それなりに珍しいものだったので、探し始めれば早かったです。ルターの『95ヶ条の論題』ほかラテン語原典を中心とした著作とその解説集でした。ほぼプロテスタントの研究書ですね」  は、と一瞬の間を置いて、二人の物理学者による脳内検索が行われ、結果、 「ルター? マルティン・ルターですか?」 「宗教改革の?」  さすが、インテリの先生方は話が早い、と鷹司は簡単に称賛した。楓としても世界史の教科書程度の知識しかないが、マルティン・ルターの主張はプロテスタントの起源であり、反ユダヤ主義としてもその存在は極めて大きい。キリスト教的に超重要人物だ。  確かに日本の一般人が所持している書籍にしては珍しいかもしれないが、そうなると更に捜索範囲は狭まる。 「あともう一冊、一般書でしたが、シェイクスピアの戯曲集が」 「シェイクスピア、となると……シャイロック? ユダヤ人の金貸しですか」 「で、しょうかね……ヴェニスの商人は収録されていましたが」  それを聞き、うーん、と津川が唸っている。  そもそも、この国ではキリスト教徒が少数派なのだ。楓もそれこそ血筋の関係で教会に通ったこともあるがあまり馴染まず、帰国後はすっかり疎遠である。津川も信仰を持っているという話は聞いたことがない。というか、だいたい周囲の人間ではっきり信仰が分かっているのは、小林家に通ってきてくれるマリさんぐらいである(アレも本来は本人のというよりは婚家の関係だろう)。  プロテスタントとユダヤ、なかなかの組合せだが、それと今回の銃撃事件の関連はまるで見えない。  とにかく、 「それは当然、最後に借りた学生が判明した、ということですよね?」  楓の質問に、湯飲みを手にした鷹司が応えて「なんですが」と、ひっそりとした声が。 「死亡していました。13年前に」
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