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研究室の内線電話である。
通常であれば四年生、院生が受けるが、今は人が居ない。そもそも、ラボの内線にかかってくるのは大学の事務か業者からの電話で、土日に誰から?と、訝りながら楓が受話器を取ると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あれ、山科君? 今日いるの君だけ? そっか、あのね、今、出町柳の駅なんだけど」
「出町柳ですか」
じゃあもうすぐ着きますね、と続ける前に津川が遮った。
「それが困ったことになって」
後ろがいやに騒がしい。観光都市京都といえど、もっとずっと密度の高い雑踏のような。怒号に近い声まで聞こえる。
「どうしました? なんだかすごくうるさいというか、ん? 救急車ですか?」
「そうなの、どうも事件があったらしくて」
「ええっ!?」
道路と地下鉄の駅が封鎖されているらしい、ということを聞き出して、慌てて場所を指定して電話を切った。
客人はたしか南米か中米の研究者で、英語には不自由しないだろうが母語が違う者同士、この暑さにエマージェンシーとなれば、教授ひとりでは持て余すだろう。そして、今日の人気のなさはその事件が原因か、と思ったりもする。
楓が理学部▲館から公道に出ると、確かに人が逆流していた。百万遍交差点では交通規制がかっており、更に混乱しているようだ。何だこれは、と思っていると通りすがりの人々の口から、「事件」「テロ」「爆発?」などと物騒な単語が聞こえてきた。
テロ、とは…?
この国で聞くのは稀な単語だ。人波を擦り抜け、だいぶ大回りしながら駅近くのカフェに辿り着くと、「山科君、こっちー」と津川教授が手を振っている。店内も大混雑だ。
ひとまず客人達と「ないすつーみーつー」と挨拶を交わす。南米からの研究者達は、この状況にも慌てず抹茶ラテに喜んでいる様子なのが救いである。
「何事ですか?」
「どうもね、銃撃事件なんだって」
「……はっ?」
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