神様イミテーション

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 楓は暫し瞑目し、漂うコーヒーの香りで何かを飲み込んだ。 「……れで、それでも、なぜA氏なんだ? 有り得るとしても、まず教祖を」  狙うなら。  復讐すべき相手は。  しかし、新しいコーヒーカップを手にした綾野が、実に悔しそうに応える。 「残念ながら、その教祖も3年前に死亡しています」 「!」 「しかし、こちらも微妙な記録です。心不全となっていますが、また教団施設での出来事のようで、それ以上はなにも。今は戸籍上の妻だった女性が教団代表を務めています」  ぞわり、とまた腹の底がざわめく。不穏で得体の知れない情報だけが積み重なっていく。確実なのは、ひとが四人死んでいるということだけ。楓の脳裏に、真紅の夕暮れの空、欄干に立つ男の影が甦る。 「それで、この教団、A氏の後援をやってるんです」 「は?」 「教祖とA氏は大学の先輩後輩だそうで。宗教団体は票田です。A氏が教団の勉強会や集会に姿を見せたり、ビデオレターを出したりしたんですよ。そこから教団の知名度も上がって、鶴岡兄妹の母親もそれが縁で入信したようです」  それで、仇と思い定めたのか。  しかし……あまりに危険な計画ではないか。宗教団体の代表とは云え、一個人とは訳が違う、超大物政治家だ。難易度が格段に上がる。考え込む楓に、綾野も同意するように続けた。 「でも、狙うにしてはあまりに大きすぎる。そして何故いまごろ、という疑問も残ります。鶴岡母娘が死亡したのが12、3年前なのに、教祖が死んだのも3年前……そこで例の研究書と、シェイクスピアが気になります」  返されなかったままの図書。  最後に妹が手にしていたはずのそれは、なにを物語る?  もし、遺品整理や何かのきっかけで、埋もれたままだった『何か』が見つかったとして。  そのとき起こったこと、語られたはずの言葉、あるはずだった明日が……  ひょっとしたら、存在したはずの温かで柔らかな日々  それは高望みだったとでもいうのだろうか、神は。
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