神様イミテーション

6/33
前へ
/33ページ
次へ
 ひとまず、改めて研究室に連絡すると桃園が来ていた。  また、このあと学生達も顔を出すとのことで、手の空いてる男子が来たらこちらに寄越すように頼む。客人達は早苗ほど大荷物ではなかったが、この状況下なので人手はあった方が良い。  その他、事件について桃園に尋ねると、まだ容疑者は逃走中であるらしい。被害者は救急搬送されたが意識不明という。警察の威信にかけて徹底した捜査が行われるだろうが、厄介だなと舌打ちしたい気分で楓は電話を切った。  往来の人の流れは少し落ち着いたようだが、それはあまりの暑さに人が屋内に避難しているからだろう。楓が汗を拭いつつ店内に引き返すと、津川達が待つテーブルは何やら盛り上がっている。  卓上には早苗が持っていたのであろうサンプル類が並べられ、日本の民族衣装、つまり着物の概説が行われており、客人達は「あめーじんぐ」やら「びゅりふぉー」やら歓声を上げているではないか。  なお早苗は赤谷家では唯一、関東の大学を卒業したそうだ。ずっと京阪に籠もっては視野が狭くなる、とは本人談だが、かなり珍しい。(京都の女子は京都至上主義者が多い印象だ。個人の意見である。)おかげで相手に合わせてすぐ関東弁多めに切り替えられるあたり、バイリンガルの素養もあるが、まさかスペイン語混じりの英語を相手に日本文化と自社製品の宣伝とは。  早苗のコミュ力に感心していると、津川がこちらに気付いた。 「お疲れさま。誰か居た?」 「はい、桃園君が来てました。これから他のメンツも来るらしいので、荷物持ちを要請してあります」 「ありがとう。事件のほうは何か展開あった?」 「それが、容疑者はまだ逃走中らしいです」 「そうかあ、厄介だねえ」  これは午後はもう、研究室と大学の案内だけにした方が良いかな。ですね、と津川とやり取りしつつ、頃合いを見計らって早苗を促す。その際、津川と客人達に赤谷呉服店のショップカードを渡すあたりも抜け目なかった。 「しーゆー」「はばないすでぃ」と挨拶を交わす早苗をエスコートし、楓はまた炎天下の街に出た。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加