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「先生、ほんとにありがとうねー」
早苗から荷物を受け取る楓に、きちんと礼を言うあたりもさすが社長令嬢である。
「いいえ。情けは人のためならずです。早苗さん、ヒールで大丈夫ですか?」
「これくらい平気よう。あ、これね、歩きやすいハイヒールってね、うちの新製品なんよ」
息を吸うように宣伝が付いてきて、商魂たくましいを通り越して反射の素晴らしさは感嘆に値する。それは就活中の大学生に勧めてはと楓が応えると、既に大学生協には売り込んであるという話で、今度こそため息が出た。
ちなみに、祐輔はじめきょうだいの母校の制服については、既に幾つかをアカヤ紳士服が手掛けているという。コネではなくきちんとコンペで勝ち取った、と祐輔が鼻息荒く宣言していたが、そういうところに手を抜かないのは見上げたものだ。
流行に合わせたカスタマイズや型崩れしづらい素材の開発と試験など、楓にとっても興味深い話がほいほい出てくる。早苗の連れ合いが繊維関係の研究者だそうで(開発部の社員なのだろうか?)、そのあたりも話が合う要素なのかもしれなかった。
しかし、出町柳から祇園はほぼ南へ直進するだけだが、昼下がりの京都は猛暑を通り過ぎて酷暑である。燦々とした夏の陽射しに古いガラスを通したように街の景色が揺らぎ、息を吸い込むだけで暑い。たまらず「帽子か日傘が必要ですね、これは」と楓も弱音を吐いた。
「さすがに車や思うてたからなあ。あ、今ね、猛暑対策で体感温度が下がる素材もいろいろやってて。男性用の日傘も出すつもりなんよ。先生、一本どう?」
「ええっ」
このまま早苗と一緒に居ると新製品の一つや二つ買いそうだと思っていると、ようやく三条駅の交差点が見えてきた。
しかし、そこは更に物々しい光景が広がっている。
河原町の現場が近いのだから当たり前だが、パトカーや警察官、その数倍はある普通車と人だかりに、楓が思わず後ずさりすると、「センセ、こっち」と早苗が脇道に入る。そこからは猫の通い路のような細い通りを潜って、気付けば知恩院と八坂神社の近くまで来ていた。
さすが地元民と思っていると、楓が塔頭だと思っていた塀の通用口の前で早苗が立ち止まった。「まじか」と自然と口にしたそばから、扉が開く。
鷹司の言葉は嘘ではなかった、な。
と、久しぶりの顔を思い出しながら、楓は早苗に続いて門を潜った。
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