神様イミテーション

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「おかあちゃん、いてるー?」  と、まったく門構えや自らの装いとほど遠い呼びかけをする早苗の後ろから、楓は赤谷家に恐る恐る足を踏み入れた。由緒正しい平屋の日本家屋の他、慎ましやかな(それでも小林家より広い)二階建ての住宅があり、早苗はそちらにとんとんと入っていく。 「さなえ? どうしたん?」 「あれっ、百合ちゃん」  玄関に現れたのは和服の清楚な雰囲気の女性で、早苗と祐輔の姉、長女の百合だった。 「あら、ガリレオ先生まで。相変わらずシュッとしてはりますねえ、目の保養やわぁ。あっ、ひょっとして早苗、巻き込まれたん?」 「そうなのようー。車出されへんようになって、出町柳で偶然、先生に逢うて荷物持ちしてもらったの」 「いややわ、先生、ごめんなさいねえ」 「や、いえ」  はいちょっと上がって、こっち涼しいから! 百合ちゃん冷たいもんある? ちょっと待ち、あんたもそれ脱ぎなさい。などなどとかしましい。ちなみに赤谷きょうだいは全員正統派の美形だが、中身は全員(祐輔含む)関西のおばちゃん成分が7割である。  豪勢だが生活感のある(要するにそこそこ散らかっている)客間に案内され、アイスティーなど具されたところで早苗がはっと気付く。 「あ、せやった! ニュース! どうなっとるん?」  はっ、と楓も顔を上げる。桃園との電話から1時間以上は経っている。そろそろ進展があってもいいはずだ。  はいはい、と百合が大きな液晶テレビのリモコンでスイッチを入れると、慣れ親しんだ街の見慣れない様子が大写しになっていた。立ち入り禁止の黄色いテープが貼られた往来は当時の混乱を示すように荒れている。まだ多くの警察関係者とおぼしき人々と、それを取り巻く報道関係者、更にはその数倍はいる野次馬も写していた。  この真夏日に気が知れないわね、という早苗の嫌味には頷くしかない。テロップには『元首相銃撃』『容疑者は烏丸方面に逃走中』『集中治療室に搬送』の文字が見て取れる。 「まだ確保されていない、ということですね」  楓の苦々しい呟きに、百合が眉を顰めながら続ける。 「河原町て、選挙の時はよう演説してはるけど、今日、Aさんが来はるいうんはどこでわかるんにゃろ?」 「各政党・候補者が宣伝すると思います。最近はネットもありますし、WebサイトやSNSでも流すと思いますが、でもこの手の宣伝なら一番、ビラまきなんかが効果的でしょう」  まだネットに馴染みのない世代も多いのだ。そして日本の場合、票田はそこにある。楓の談にご婦人方も肯う。 「せやねえ。あれだけ有名な政治家さんなら、分刻みで移動して、いろんなとこでやるんとちゃう? 予定変更も多そうやし」 「だから普段から人が多いところでやるんやない。河原町ならお昼頃、ぎょうさん通行人もいるでしょう」  おそらくそうだろう。そもそも街頭演説に駅前が多いのはそのせいだ。また政治家たる者、それで身を立てているわけで、その声で、言葉で、支持者ではない通りすがりの市民の足を止めてこそだ。本来は。  今回のA氏も、京都駅前や烏丸と回るコースが予定されていたようだ。ニュースは京都の現状を伝えるカットから首相官邸、議員会館などに場面を移している。少し、青ざめているようにも見える現首相や、眉間の皺だけが深くなる官房長官は「暴力は決して許されない」と繰り返している。野党からも「民主主義への挑戦だ」との声が出ているようだ。  しかし容疑者が確保されていない今、まだ情報が錯綜しているのだろう、単独犯なのか複数犯なのかさえ曖昧である。捜査のため、詳しい情報を流さない警察の思惑も見て取れた。使われた凶器も見つかっておらず、現場付近の立ち入りや交通規制が続きそうな気配に、楓はまた溜息を呑み込んだ。  カラカラとグラスの中で氷が音を立て、百合は溜息を吐きながら、今度は温かいお茶の準備をしている。 「でも、なんや意外いうか、信じられへんけど……なんでAさんなんやろ」 「まあねえ、どうせならB首相か、C防衛大臣のほうが有り得るゆうか、納得感はあるかも」  今回標的になったA氏はタカ派として有名だったが、過激派の活動が続いているような時代ではない。総理大臣の職を辞してもう六、七年にはなるか。元首相としての影響力は無論あるだろうが、正直にいえば過去の人である。政界のフィクサーにしては表に出過ぎているし、愉快犯であれば、現在の元首や派手な言動と血筋で目立つ大臣のほうが有り得るだろう。  犯人像がやけにぼやけている。
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