神様イミテーション

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「何のために、か……」  早苗の呟きが、興奮するレポータの声と真逆の高さで妙に響いた。  なお、百合によって次々と和洋菓子が出されているが(赤谷家へのお中元由来だろうか)、被害者の容体や今後を思うといまひとつ食指が、ということもなく、有名洋菓子店はソルベまで美味いんだなと感心しつつ楓はニュースを聞いた。これも生きてこそである。  それでも、世界遺産の密集する元首都での元首相銃撃事件など、前代未聞である。  さすがに早苗がインテリ女子らしい発言をする。 「首相経験者の暗殺事件なんて、二・二六事件ぶりやないかしら」  先の大戦以来、じゃなくてよかったです、と口に出そうとして思い止まる。巷に流れる京都人を揶揄する軽口のうち、楓が実際に耳にしたものはほとんどないが、この二人なら「先」が応仁でも不思議ではない。  いやさ、それだけ重大事件ではある。 「これだとまだ、しばらく交通規制もかったままかも知れませんね」  楓の評に「そうかも、車どうしよう」と声を上げた早苗が、はっと改めて気付いたように百合に尋ねた。 「ん? そや、おかあちゃんらは?」 「それがね、あんたと同じで、たぶん巻き込まれてはるんやないかしら」  煎茶を二人の前に置きながら百合が言うには、赤谷会長夫妻は祇園祭関連の用事で街に出ているのだとか。 「祇園祭、ってもう終わったわけでは…?」 「山鉾巡業がハイライトやねんけど、本来はね、7月いっぱいなの。うち、もともと呉服屋じゃない? 巡業と宵山、お稚児はんと、いろんなところに衣装は出してるし、古株だしで、まあ重鎮扱いなんよ」  扱いというか実際そうだろう。確か赤谷呉服店は江戸時代から続いているのでは、と思いつつ、楓は百合と早苗から祇園祭のレクチャを受ける。 「31日の八坂はんのところでようやくお勤めが終わるにゃけど、いろいろと後始末もあるし、今日は四条烏丸に行かはって」 「それはまた、事件のど真ん中ですね」  鴨川を渡るだけで何時間かかるだろうか。  なお、現在の赤谷グループの主力はもちろん紳士服だが、創業の呉服部門は女系が受け継いでいるそうだ。つまり祭りのような行事にはご母堂が出向くのであろう。今は祐輔達の母親が束ねているというが、百合が基本的に和服なのはそのせいもあるのかも知れない。 「まあ、あの人たちのことだから平気でしょ。おかあちゃんなんか私より元気やし。あ、中国語始めるゆうてたね」 「もうヨーロッパのほうはわりと覚えてはるもんね。あ、そういえば今度は海外のお客さん向けの羽織をね、やっぱり日本人とは体格が違うから……そうそう、先生は和装はしはります?」 「は?」
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