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光稀と付き合い始めたのは、四年前のことだ。
出逢いは平凡と言えば平凡だ。詩鶴が就職して間もない頃、大学時代の先輩に誘われて参加した大人数のBBQ大会で知り合った。
先輩の友達の友達、とかいうような、微妙な繋がりだったと思う。
人見知りでさほど愛想も良くない光稀の第一印象は、特別良くはなかった。目立つ容姿でもなかったし男友達と固まってばかりいたから、詩鶴も挨拶を交わしたきり意識に留めてもいなかった。
だが会の途中で詩鶴が足を滑らせて転んだ時、一番に駆け寄って手を差し伸べたのは、光稀だった。ささやかな擦り傷に青ざめて、大袈裟なほど丁寧に手当をしてくれた。
その後も詩鶴が重いものを運ぼうとすると、どこからか駆け寄って代わりに持ってくれたり、飲み物を取ってきてくれたり、細々と気遣ってくれていた。
度々手を貸して貰っていたので、解散の時に礼を言いに行った。その時に光稀の方から連絡先を訊かれた。
遠慮がちに目を伏せて尋ねる様子はぎこちなく、これっぽっちもスマートでなかったけれど、彼の真面目な人柄を表しているようでむしろ好感が持てた。
詩鶴はためらいなく連絡先を教えた。
その日の夜に光稀から無事に帰宅したかどうかを確認する連絡が来て、その後も頻繁に、他愛もないメッセージの遣り取りをした。
何度か一緒に食事をして、ごく自然な成り行きで、恋人同士になった。
「最初から気になってたんだ、詩鶴のこと。笑った時に眉毛が下がるのが…可愛いなって。それでちらちら見てたら、急に転ぶし。怪我するし。怪我した癖に重い物運ぼうとしたり人の分まで食べ物とか飲み物取りに行ったりしようとするし。何かもう気になって気になって。帰り道大丈夫かなとかそれっきりになるの嫌だなとか思って、それで連絡先聞いて…でもそんな事したの初めてだったから、格好良く出来なかったけど」
付き合い始めてしばらくしてから、ベッドの中で光稀はそう話した。
「ねぇ。それ、一目惚れって言うんだよ」
彼の裸の胸に顎を乗せて詩鶴が揶揄うと、光稀は少年のように顔を赤くして、
「知ってるよ」
と、不貞腐れたように言った。
四年間の交際期間中、光稀はずっと優しかったし、詩鶴を大事にしてくれていた。小さな喧嘩はそれなりにあったけれど、気持ちを疑った事なんて一度もなかった。
「二十代の内に結婚して一人目を産んで、その後、理想を言えばニ、三年空けて…出来れば三人欲しいなぁ。賑やかな家族を作りたいの。毎日忙しくて大変だけどなんだかんだ言って楽しい、みたいな」
それが詩鶴の夢だった。
妙齢の恋人同士がする会話としてはデリケートな内容だったかもしれないけれど、時々光稀にも話した。
「幼稚園の先生だもんな。詩鶴なら三人と言わず四人でも五人でも、育てられるんじゃないの?」
光稀は鬱陶しがる事もなくそう笑って「もう少ししたらな」と付け足した。
この人が、一緒に夢を叶えてくれる。
漠然と感じていたその思いは、光稀からのプロポーズで確信に変わった。
このまま幸せな家庭を築けると、信じて疑わなかった。
「ごめん。詩鶴とは結婚できない」
二週間後、彼の口からその言葉を聞く、その直前までは。
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