1・走り回る犬は骨を見つける

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 「──そういう経緯で、もうすぐってところで結婚する当てがなくなってしまいまして。でも三十までに子供欲しいし子供産むなら結婚したい派だから。〈vita〉のシステムがある紹介所に登録すれば、手っ取り早く相手を見つけられるかなと思ったんです」  話し終えた詩鶴は、ほとんど口を付けていなかったカップの中の紅茶を一息に飲み干した。ホットで頼んだそれはすっかり冷めきって、一気飲みするのにちょうどいい。  「…成程」  向かいの席に座った男が脚を組み直しながらぼそっと呟く。  「──思ったより長い話だった」  「あ、すみません。ちょっと熱が入り過ぎちゃいましたね」  要約すれば百文字程度で話せるものを、微に入り細に渡り細かく語ってしまったせいで、話し終えるのに三十分近くかかった。  「いや、面白かったよ。物話(ストーリー)としてはチープだけど、描写が細やかでわかりやすかった。彼氏の母親の顔真似もなかなか秀逸だったな。怨念こもってて」  「……それはどうも」  人の不幸に随分な言い草だと思わないでもなかったが、実際こうして話してみると確かに陳腐な話だな、と悲しくなる。  「色々思うところはあるけど…なんて言うか、君は」  詩鶴より少し年上に見えるその男性は、口元を指で(こす)って、少しの間言葉を選ぶように考え込んだ。  「……君は、案外頭が悪いな」  「何ですと」  考えた末に出てきた言葉がそれか、と、詩鶴は片眉を跳ね上げる。だが基は平然と、呆れた顔で言い募る。  「だってそうだろ。プロポーズされて婚約指輪渡されて式場まで探しておいて、一方的に破棄されたんだ。慰謝料として金くらい貰っとけよ」  「そ…そういうものですかね」  「そうだよ。指輪も返す必要ない。医者が買った婚約指輪なんてそこそこいい物だろ?貰っといて転売すれば良かったんだ」  「…や、そこまで頭回らなかった…。怒りに任せて投げちゃいましたね」  目を丸くする詩鶴に、基はさらに言い募る。  「怒れるだけのエネルギーが残ってたなら余計だよ。搾れるだけ搾り取ってやれば良かったんだ。いくら包んだのか知らないけど、倍額よこせって交渉したっていいくらいだよ」  「えぇー…」  淡白そうな顔をして言う事ががめついな、と詩鶴が少し引くと、彼はフンと鼻を鳴らした。  「君の四年間を無駄遣いされたんだ。その時間は、安いもんじゃないだろ」  そう言われて、喉の奥に軽い痛みとごろっとした違和感を感じた。  「安くないというか…お金に換算できません」  光稀と一緒に過ごした四年間は、詩鶴にとって(おおむ)ね、幸せと言っていいものだった。あの一瞬でそのすべては、無駄な時間に姿を変えてしまったんだろうか。  黙り込んだ詩鶴をちらりと見て、基は今度は鼻を(こす)る。  「…それに普通はこんな話、見合い相手にしないだろ。面倒臭そうだなって敬遠されて、上手くいくものもいかなくなるよ」  「そりゃ私だって、敢えて話そうとは思ってませんでしたけど。瀬尾さんが聞いたんじゃないですか。何でマッチングサービスで結婚しようと思ったのかって」  「そうだけど。何もここまで馬鹿正直に話す必要ある?」  「適当な作り話して後々ボロ出して揉めるくらいなら、駄目なら駄目で早い段階で見切り付けられた方がいいかなって思ったんです」  「そういうとこだよ。小賢しさってもんが無さすぎる」  彼は呆れたように嘆息して前髪を掻き上げた。  おや、と詩鶴は軽く目を(みは)った。  そういうスタイルなのか手入れを怠っているだけなのかよくわからなかったが、長めで多めの前髪は彼の顔の印象を曖昧なものにしていた。だが、それを取っ払って改めて見ると、なかなかに整った顔立ちをしている。隠れ気味なのが勿体無い。  そっか。私のお見合い相手は、こんな顔をしているんだ。  初めは多少の緊張もあったし、光稀の話を始めてからはそちらに熱中してしまっていたから、今初めて彼という人にしっかり意識を向けた気がする。  詩鶴はぺちぺちと自分の頬を叩いた。  こちらに集中せねば。  詩鶴が今、向き合わなければいけないのは、この人なのだ。    そう。今日は詩鶴の人生初の、お見合いの日だった。  
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