1・走り回る犬は骨を見つける

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 お見合い相手は、単純にランキング順で選んだ。  沢山お相手見つかりますよ、とマッチングサービス会社のおじさんが言っていた通り、詩鶴のお相手候補はずらりと表示されていた。  該当件数7898件。想像以上に多かった。スクロールバーの底が見えない。  こんな数、全部に目を通せる訳がない。匙を投げて、一番上に表示された相手とのお見合いのセッティングを申請した。  要するに、選ぶのが面倒になったのだ。    瀬尾(せお)(もとい)、二十九歳。  東京都文京区在住、職業は自由業。  詩鶴もスタッフのおじさんから条件が大らかな方だと言われたが、彼はそれに輪をかけて緩かった。緩いというよりほとんどないに等しい。プロフィール欄もいくらでも自己アピール出来るのに、必要最低限、必須項目の記載しかなかった。事前情報が少な過ぎる。  だから彼の為人(ひととなり)を知るには、このお見合いで聞き出すしかない。  そう考えていたのに、〈vita〉を利用した理由を先に()かれて、早々に自分語りを始めてしまったのだった。  今度はこちらから質問する番だ。詩鶴は意気込んで軽く身を乗り出す。  「自由業って、具体的にはどんなお仕事されてるんですか?」  「文筆業」  「文筆業?ライターとかですか?」  「いや。小説を書いてる」  「小説?」  詩鶴は少なからず驚いた。詩鶴の交友関係といえば、八割は自分と同じような教育関係者。あとは歯科医の光稀と一般的な会社員しかいなかった。  本を読むのは特別嫌いではないけれど、実用書か仕事関連のものしか読まない。自分で物語を(つく)って生計を立てるなんて、遠い世界の話だった。  「えぇと…私、映画とかドラマは多少観るんですけど、あんまり小説って読まないんです。そういう人でも知ってそうな作品、ありますか?」  「実写化した作品ならあるよ。『下町ミサイル』とか『探偵と犬』とか『坂の上の雪』とか」  「え。すごい話題になったやつばっかり。私、探偵のドラマ観てました」  「あぁ。あれは視聴率良かったみたいだな」  するすると出てきた有名タイトルに詩鶴は唖然としたが、基は他人事のような顔をして頷いただけだった。  お仕事ものにミステリーに本格歴史ドラマ。ジャンルがバラバラだから、原作者が同じだとは思わなかった。しかもその原作者が目の前にいるなんて、にわかに信じ難い。  信じ難いのはそれだけじゃない。エンタメに(うと)い方の詩鶴でも知っているタイトルがこうもいくつも出てくるということは、この人は。  「人気作家じゃないですか…」  「まぁ今のところ、そこそこ仕事はある」  どうでも良さそうに肩を竦めて、基は前髪を耳に掛けてコーヒーカップを口元に運んだ。片側だけ露わになったその目に、詩鶴は一瞬どきっとした。   細い切長の涼しげな目元、黒い髪と対照的に、色の薄い肌。ガリガリというほど痩せている訳ではないが、男の人にしては全体的に線が細い。長めの髪のせいかどことなく中性的な印象で──なんというか妙な色気というか、雰囲気のある人だった。  「……瀬尾さんこそ、何でわざわざ婚活なんてしてるんですか?」  健康的な体育会系の男性が好みの詩鶴の趣味からは少し外れているが、この顔面にこの雰囲気。充分過ぎるくらい魅力のある人なんじゃないかと思った。  それに加えて人気作家の肩書もあるのだし、マッチングサービスなど利用しなくても、いくらでも相手が見つかりそうに思える。  詩鶴が疑問を投げかけると、基はカップを持つ手をふと止めて、顔を上げた。  夜の森のように深い色をした眼が、詩鶴の内側に忍び込んで何かを探るように、見つめる。  「な…何ですか?聞かれたくない質問でした?さっき自分だって、同じ質問したくせに」  じっと見られて居た堪れない気持ちになった詩鶴は、基の視線を()退()けるように、不満気に口をへの字に曲げた。  決して品が良いとも麗しいとも言えない詩鶴のその顔を見て、基はふと表情を(やわ)らげる。  「その質問に答える前に、君の話をもっと聞かせて欲しい。どう答えるか、その間に考えるから」  「…考えるって…」  ごく単純な質問をしただけなのに、そんなに熟考の必要があるものだろうか。詩鶴にはいまいち理解しかねる。  どうも、捉えどころのない人だ。  作家というのは皆こんなものなのかなと、詩鶴は首を捻った。
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