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「うう、痛いよー」
やがて、ハムオは洗面台を離れ、しかめつらで呻きながらこちらに歩いてきた。いつもは降りている前髪が、クリームで撫でつけられてしっかりオールバック。見慣れないせいか、どうにも可笑しい。
つい吹き出しそうになり、押し殺した声で「そんなに滲みるの?」とそれらしい質問を返しながら、慌てて手中のスマホに目を落とした。
画面上ではどっかの誰かが踊っている。この女子はさっきの動画の子とは違うんだろうか。量産された人形みたいにそっくりで区別がつかない。
承認欲求と没個性という、大いなる矛盾の共存。自分からだんごの串に刺さって「僕は次男」と主張するなんて、へそで茶を沸かす歪みっぷりだ。ま、どうでもいいけど。
「うん、めちゃくちゃヒリヒリするー」
潰れた梅干しみたいな表情のハムオが、テーブルを挟んだ向かいの床にどっかり座り込んだ。あたしが腰掛けるソファーは二人掛け。でも隣には来ないのがハムオなのだ。
あたし達の距離はたった0.01mmのようで、実は百億光年くらい離れている。
そうしてハムオは自分のがあるくせに、あたしのタバコを勝手に一本抜いてくわえた。いつものことだから、別に咎めもしない。ハムオが煙と一緒にまた「痛いよー」を吐く。
「可哀想に。まあハイブリーチだもんね」
なんて普通に返答しているけど、実際のところ、ハムオの所業は正気の沙汰じゃない。何しろ、ここに着くなり髪をブリーチし始めたのだから。家かよ。
だけど、突然「あ! そうだった!」と声を上げてタバコをもみ消したあたしも、多分頭に虫が湧いている。傍らのショルダーバッグから取り出したのは白い爪切りだ。
「ん、どしたの? ポコミン」
「足の爪切るのー」
ここで切ろうと自宅から持参した。あたしこそ家でやれ。
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