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「てかさー、ポコミン早くカレシ作ってよ」
「え、なんで? いい加減、俺から卒業しなさいって?」
わりと真面目にそう聞き返したら、ハムオがこちらにくるりと寝返った。
「そうじゃないよ」
つぶらな黒い奥二重に、あたしの顔が映り込む。三十過ぎたくせに相変わらず羨ましいほど童顔だ。ハムオとタメのはずのあたしなんて、もう重力を一身に受けているというのに。
「全然そうじゃない」
ハムオは何やら愉しげな笑みを浮かべて、もう一度そう言った。ハムスターみたいにまるいほっぺたが片方、枕でぷにっと潰れていて、なんかちょっと面白い。
ところで、ハムオというあだ名の由来はハムスターじゃない。彼の本当の名前はコウスケと言う。漢字で公輔だからハムスケだったけど、気づいたらハムオになっていたのだ。
「じゃあ何さ?」
「そのカレシからポコミン奪いたいの」
「は?」
「その方が楽しいじゃん」
「ああそうですか」
さっぱり理解不能。でも、小動物みたいにククッと笑うハムオの金髪がパネルのライトに照らされて、すごく綺麗だなと思った。
「てか、頑なにオトコ作んないのは、実は心に決めた人でもいるとか?」
「心に決めた人とか、言い方ウケる。まあ、そんなのいないよ。けど……」
「けど?」
「もしそんな人ができても、あたしは時々ハムオとここに来る気がするんだよね」
「ふーん。ポコミンこそアタオカ」
こんな会話に深い意味なんて全くないのだ。テキトーな言葉ばかりが宙を舞う桃色空間に、ベートーヴェン『熱情』の、地を這うようにうねる低音とガラスの螺旋階段のような高音が踊り狂う。
全然まともじゃない。けど、これがあたし達のいつも通り。
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