ただしいこと

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 待ち合わせ場所に向かう途中、だるそうな猫背を見つける。パンツのポケットに両手を突っ込み、投げ出すみたいな歩きかた。小杉だ。  おーい、と声をかける直前、わざとためらってみた。きょうはけっこう寒いのに、またそのへんの上着をそのままひっかけて出てきたような軽装だった。こういう、なんでもない日常を覗くのが、今でも吉崎は好きだ。  ひょっとして、出かけるのが面倒な日だったのかもしれない。だけどあのひとはここまできた。約束していたのだから吉崎にとってはあたりまえのことだし小杉だってそのはずで。けれど、もしかしたらあのひとはちがうのかもしれない。  ――両思いの相手と飯食うならもうデートじゃん。  なるほど。デートって、互いの予定調和とちがっても、優しくなれることを言うのかもしれない。それでも微妙に納得できないのを不思議に思いながら、吉崎は小杉を呼ぼうとする。すると、数メートル先を歩くひとがとつぜん振り返った。 「あー、やっぱな」 「え、なんで?」  すこし距離があったのに、吉崎には小杉の声が真っ直ぐ聞こえた。その足はぐいぐい距離を縮めてくる。 「おまえの呪いなんかな、すぐわかったわ」 「呪ってねえよ」 「どーだかなー」  てきとうな笑いかたはいつも通りなのに、きょうは寒いからかちょっと鼻が赤い気がする。小杉がポケットに突っ込んでいる手を取りたくて、吉崎も無理矢理手を突っ込んだ。 「あ? なんだおまえ」 「いいじゃん」 「よくねえです。吉崎くんはねー、ちょっとはひと目とか気にしなさいよ」 「ちえー、けち」 「俺の体って意外とお高いのでね」 「先に奪ったのそっちのくせに」  そういうと、小杉は曖昧に笑んだ。吉崎の頭をぽんぽんと撫で、前を向いて歩きはじる。吉崎も隣について歩く。  どうやら、吉崎のさっきのひと言は小杉にとって地雷だったらしい。奪われたなんて思ってもいないのに、このひとだってそれを知っているくせに、こうやってときどききまりが悪そうにする。おれはただ、あんたの寒そうな体を大事にしたかっただけなのに。たとえ素直に告げたとしても、今の状況は変わらないと思うけれど。  ついたビストロで食事をした。うまいなー、と小杉は言った。ただ彼は、吉崎と食事にきて、まずいだとか口に合わないだとか、ネガティブな発言をしたことがない。たとえ吉崎が、おいしくない、合わない、と言葉にしたとしても、小杉は吉崎の味覚を褒めるだけだった。いなす、とはちょっとちがうことに、吉崎は最近気がついた。  食事を終え、小杉はスタッフに「チェックお願いします」と告げる。 「外で煙草吸ってくる。これで払っといて」  小杉はポケットから使い込んだ革の財布を出し、吉崎に渡した。 「え? 困る」 「なんで。きょうにかぎって折半するとか言うなよ、めんどくせえから」 「そうじゃなくて、こういうのよくない。財布とか、かんたんに他人に渡すもんじゃないだろ?」  すると、小杉はきょとんとした。まるで、なにが悪いの? と純粋に尋ねるような。小杉とは、こういうちょっとしたズレが昔からあった。食事代はだいたい小杉が払うのでそれに甘える自分もよくないのだけど、これじゃあ信頼関係というよりいい加減なだけに思える。 「へえー、吉崎くんって他人だったっけ。まあいいや、あとよろしく」  俺ヤニ切れなんで。  そう言って、小杉はさっさと個室から出ていく。今度ぽかんとするのは吉崎の番だった。触れた財布が自分のものとまったくちがってとても違和感があるのに、馴染まないこのかたちがふたりを分け隔てるものではないことも不思議だった。  きょうはなぜか、答え合わせが難しい問題がたくさん出題される。
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