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愛と勇気と希望
「クリスマスなに食べ行く?」
青木の言葉に、瑞樹は振り向いた。ちょうど、ビールをもう一本、冷蔵庫から取り出したところだった。
ほい、と缶ビールを青木に渡すと、彼は「ありがとう」と受け取った。月曜日のこの日、miuがあした定休日なので瑞樹の部屋で宅飲みしている。テーブルの上には食べ終わった皿の残骸があり、片づけめんど、と浮かんだ。察したのか自然な行動なのか、青木は缶ビールを開ける前にテーブルを片づけ、まとめてシンクに下げた。
「あー、置いといて。あした洗う」
きょうはめんどい、そう言って、瑞樹はさっさと缶のプルタブを引いて飲んだ。
「いいよ、俺があとで洗うわ。きょうは先輩が飯つくってくれたし」
うまかったね、ありがとう、と言いながらキッチンから戻ってくる青木に、瑞樹はわけもなくいたたまれなくなる。
「なあ、だからさ、飯どうすんの先輩」
「は? 飯食ったあとにすぐネクスト飯の話かよ、おまえまだ腹減ってんの?」
「ちがうって、クリスマスの話。ちなみに俺のおすすめここね」
スマホをぐいっと寄せられ、ふたりで覗き込むかたちになった。
ここのステーキさー、目の前で焼いてくれんだって、酒もうまそうだし、よくねえ? すうっとした目を細めて、「あした」の喜びの気配を無防備に示してくるのがわかりやすい。瑞樹からしたらステーキよりもおいしいアルコールよりも、こっちのほうにいっそう胸が狂おしくなる。
瑞樹が感じるいたたまれなさは、いつもここにあった。青木は自分で思っている以上に薄情な男だ。他人のことは、案外どうでもいいと無意識に考えるタイプだと思う。相手と自分の間に必ず一本線を引いているし、食事をする相手だって自分で選ぶ。よく言えば自分に誠実、悪く言えば他人に冷たい。
そんな青木が、瑞樹に対してだけは十年前から態度がいっさい変わらなかった。恋人同士である前に先輩後輩だったし、親友みたいに気兼ねない。だるいもめんどくさいも、簡単に言えてしまう。大事にされているのはじゅうじゅう承知しているし、その上で甘やかされたら、どれかひとつでも欠けたりなくしてしまったら、おれはいったいどうなっちゃうんだろう。
いつまで経っても十年片思いした記憶は、どれだけ氷を足したとしてもいっこうに薄まらないのだ。
「なー、先輩聞いてますー?」
「あ、わり、聞いてなかった」
「聞けよ俺のプレゼンをよ」
「はいはい、じゃあ青木先生今こそどうぞ」
「ステーキ一択だな」
「ひと言かい、プレゼンどうした」
はは、と笑う青木の顔は幼かった。けれど、高校生みたいな無邪気で打算的な表情ともちがった。年季をたずさえた、もっとたくましい幼さが混ざっていて、それは青木の筋みたいなものがずっと変わらないからだと思った。
「楽しみだな、めいっぱい食ってやろうぜ」
「決定かよおまえ、美容師の薄給なめんなって」
「そこはあなた、ボーナス入った青木先生に任せなさい」
ちょっとえらそうに、でも茶化すみたいな口ぶりだけど、嘘じゃなくあたりまえのこととして言っちゃうんだよなあ。と思うが、これはべつに恋人同士だから、というわけではないと思う。昔から、惜しまないひとだったから。
「ていうかさ」
青木が、かしこまるようにひとつ咳払いをする。瑞樹は首を傾げた。
「そこは俺にかっこつけさせてよ」
「え?」
「恋人だろ、かっこつけたいじゃん」
「そんなん言ったらおれもじゃん」
「先輩はもともとかっこいーの」
どこがだ。意味がわからない。昔から青木は瑞樹を、かっけー、なんて言うけれど、自分では思ったことがない。ぐずぐず同じ場所を行きつ戻りつ、しまいにはどの道を行ったりきたりしているかもわからなくて迷子になるというのに。
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