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またあした
またあした。
という言葉は、未知への高揚と寂しさの半々で構成されていると思う。まだ繋がっているというわくわくと、あしたまで、このひととのやり取りはないんだなあと実感してしまう瞬間。
この日の待ち合わせ場所は、ふだん降りる駅とはちがった。北村の指定した場所が、いつもとはちがうからだった。
――クリスマスはおいしいもの食いに行こう。
北村はただそのひと言で空を誘ったのだけれど、空はまだどこに行くのか聞いていない。乗ることがとくべつ苦手ではなくなった電車に乗り、めったにこない駅で降り、きらびやかなイルミネーションとショーウィンドウをぼんやりと眺めながら、北村を待っている。
行き交うひとたちも、この日はクリスマスだからか装いごときらきらしているように見えたし、とても夜とは思えないほど街並みが煌々としていて、空は体ごと怯んでしまいそうだ。
「ごめん、お待たせ」
後ろから肩に手を置かれ、声で北村だとわかったのに反射的にびくりとする。ぱっと振り向くと、同じ目線の高さで彼が立っていた。北村の仕事用のスーツはいつもしゃんとしているけれど、不思議なものでいつも以上に仕立てがよく見える気がする。
「……え、なんかびびってね?」
「いやだってさ、おれ完璧浮いてない?」
「またまたー、浮いてない浮いてない」
北村が歩き出したので、空も並んで歩き出した。
「透も、スーツいつもとちがわない?」
「ぜんぜんちがわないけど、なんで?」
「や、なんか……」
ふだんよりかっこよく見えるとか口が裂けても言えない。
「俺そんなかっこいい? やべ、テンションが見た目に表れんのかな、新技手に入れた気分」
「あーはいはい、その性格まじで羨ましい」
「褒めカウンター1ゲットー」
「だから褒めてねえし!」
北村の笑った横顔に、深いオレンジ色の光があたる。スーツにも、ネイビーのトレンチコートにも、なめらかな線となって光が散らばっていた。このひとだけぱっと輝いて見えるのは惚れた欲目なのだろうけれど、こういうときに空は、「またあした」を思い出してちょっと寂しくなる。
「そんで、きょうはどこ行くの?」
寂しさをまぎらわせようと、空は北村に話しかけた。声音が、多少ぶっきらぼうになったかもしれない。
「お寿司でーす」
「え⁉︎」
ひっくり返った声はかなりおおきくて、とっさに手のひらで覆う。この土地で寿司なんて、と考えたら冗談じゃなく目がくらんだ。
「そんな手持ちねーよおれ! 先に言えよな!」
「またまたー、そんな他人行儀なこと言いなさんなって。空は気にしすぎ」
歩道を歩きながら、北村はまるでへでもないようにさらりと告げる。
「他人行儀っていうか、そういうのきらいだって言ってんじゃん!」
「まあまあ」
「まあまあじゃねえわ無理無理ぜったい無理帰る」
「残念ながら全線クリスマス休暇で運休中です」
「えらいハッピーな休暇だな! 爆発しろ!」
「日本人働きすぎだしね幸あれ」
「あー! 無理!」
空が頭を抱えても北村はまるで予定をくつがえす気がないようで、「楽しみだなー」「なにからいきますかね」と声音が弾んでいる。彼はおおらかでもあるが、裏を返せばときに無神経だ。空は、こんなだらしない格好でどうしよう、とか、作法とかあるんだっけ、とか、へたな言い訳のような気後れで尻込みしているというのに。
ちらりと北村を見やると、次にどんな遊びをしようか子どもみたいに目をきらきらさせていて、空の杞憂などかんたんに絆してきた。
これは決定事項なのか、と思うともはや開き直るしかない。だってべつに、行きなくないわけじゃないし、食べたくないわけじゃないのだ。というより、北村とならどこだってかまわない。
ファミレスでも、コンビニでも、定食屋でもなんでも。
これも、口が裂けても言えないけれど、結局一緒ならなんだっていい。
よし、けちくさいことを言ってんな有島空。堂々としろ。
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