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「ねえ、どうしたの? アームカバーなんてして」
休み時間の教室。友人からそう尋ねられると、少女は「日焼け対策」とぶっきらぼうに答えた。セーラー服から覗く白く細い腕は、アームカバーに包まれている。しかし、そのデザインは女子高生が身に着けるにしては、少々地味な物だ。黒一色で、何の飾りも付いていない。
「ねえ、これどこで買ったの?」
「わからない。お母さんのを勝手に借りてきただけだから」
少女の返答を聞いて、友人は一人納得した様子だ。これで、この話は終わる。少女はそう思ったが、そうはならなかった。
「でも、なんか可愛いかも……」
意外なことに、友人はそう言ったのだ。少女は一瞬驚いたように瞬きをすると、「そうかな」と目を細める。少女には、このアームカバーの何が可愛いのか、まるで理解出来なかった。友人はしばらく、右手をさすっている少女を見つめていたが、あることを思いつくと急にはしゃぎながらスマホを取り出した。
「ねえ、こうやって……手でハートを作ってみてよ」
あれこれと指示してくる友人にうんざりしながらも、少女は友人の指示に従う。友人は、楽しそうに少女の腕を撮影すると、その写真をSNSにアップした。
「こうやって見ると、アームカバーってオシャレじゃない?」
言われてみれば、そう見えなくもない。アームカバーを着けることで、少し腕がすらっとしたような印象を受けた。
次の日少女が登校すると、クラス中の女子がアームカバーを着けてきていた。どうやら、昨日のSNSの写真を見て、真似し始めたらしい。昨日少女の写真を撮った友人も、腕にアームカバーをして学校に来た。
思わぬところから流行が生まれるものだな、と少女は一人ほくそ笑んだ。
少女からクラス、クラスから学校。学校から東京とアームカバーの流行範囲は、SNSを媒介にしてじわじわと広がっていった。
「最近のトレンドはアームカバー! 最近のトレンドをチェック!」
テレビからリポーターの声が聞こえてくる。日曜日、少女は朝食を食べながらその番組を見ていた。アームカバーの流行はすっかり全国区になり、テレビでも特集を組まれる程になっている。少女の母親が「最近のファッションはよくわからないわ」と呟いた。
「ごちそうさま」
食事を終えて身支度を済ませると、少女は「遊んでくる」と母親に告げた。
「あまり遅くならないようにするのよー」
母の声に送り出されると、少女は渋谷の街に向かった。
休日の渋谷には人がひしめいている。その中にもアームカバーを着けた若者がたくさん歩いていた。さすが、流行の中心地だ。
「こうなってくれると、目立たなくて良い」
少女は一人呟くと、そっと右腕のアームカバーを捲った。
すると、そこには化け物のぎょろりとした目玉が。
「さあ、遊びの時間だよ」
少女は化け物に微笑むと、街の人混みの中に消えていった。
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