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出迎える彼女
「もうちょっと頑張ってよ、リュウくん。家に帰るっていうのは、玄関に着けばいいってわけじゃないんだからね」
彼女が僕の手を引く。こんなことになるなら、途中でコンビニにでも寄って、レジ前のハッシュドポテトでも買えばよかった。
「そんなことしちゃダメ。せっかく料理を作ったから、最高に空腹な状態で食べてほしいもの。鞄は持って行ってあげるから、手洗いうがい、してきてね。なんなら、そのままシャワーも浴びてきて」
今にも倒れそうだから、お菓子でもつまみ食いしたい気分だが、それも手洗いとうがいを済ませなければ許されないらしい。
「夕飯も許さないから。私の家では『ご飯? お風呂? それとも私?』とか聞かないから。お風呂で外の汚れを落としてから、ご飯なの。ほら、さっさと入ってくる!」
美味しいご飯が待っているならと無理にでも体を動かして、言われた通り風呂場へ向かった。
うちの風呂場は一・五畳程度だ。ユニットバスではなくて、湯船もある。が、しばらく湯は張っていない。湯を張れば浴槽も洗わなければいけないからだ。一人で住むと、どうしても快適さや癒しよりも家事の省略を優先してしまう。湯があって石鹸があれば生活できるのであれば、それ以上はしたくない。
そう思っていたはずなのに、気付けばものが増えている。うちの風呂場はそもそも石鹸ホルダーがあるだけだったのに、いつの間にかラックが置かれていて、そこにボトルのシャンプーやコンディショナーが並んでいる。ついでにチューブの洗顔フォームやボディスクラブもあって、もはや男の一人暮らしの家ではない。「私のお気に入りなの」と置かれたボディクリームは「リュウくんもお年頃なんだから、スキンケアくらいしてよね」と言われて、もはや共用している。
歩くことさえギリギリだが、クリームの香りは気に入っているから、今日も塗ろう。僕はなんとか全身を洗って、拭いてから、クリームのボトルをプッシュする。何回か空気が出てから、ブシュッと音を立てて中身が出た。全身には塗れなさそうな量だったから、両腕だけに塗って、部屋着に着替えてバスルームを出た。
「……ああ、そろそろ替えを買わないと」
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