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彼女の提案
「ごちそうさまでした」
テーブルに出された皿が全て綺麗に空になったのは、「いただきます」を言ってからわずか十数分後のことだった。
「美味しかったね。自画自賛しちゃう」
そんなことしなくても、百点満点中二百点をあげるのに。
「知らないの? 自分で自分を褒められることが最高なんだよ。大好きな人は次くらいかなあ」
出会った当初なら、一番と言ってほしいというのが本心だ、とか思っていただろうが、今は自分が一番だと断言してくれるところに安心する。僕は、自分を好きでいてくれる彼女だからこそ、こうして一緒に食卓を囲んだのだ。
「でもね、リュウくん。自分を褒めてくれるのが自分だけなのはダメなの」
と、彼女はさっきの明るさを継続しながらも諭すように続けてきた。
「自分が自分を褒めて、さらに大好きな人に褒められるからこそ、私は自分を好きでいられるし、リュウくんに好いてもらえるんだと思うの」
間違いない。自分で自分を褒められる彼女が僕は好きだ。
「私は、死ぬその瞬間まで、そういう自分でいたいの。とは言っても、ずっとそういう自分でいることは多分無理。何かしくじっちゃったりして、自分を嫌っちゃうことがあるかも。でもね、最後にはちゃんと自分で自分を褒められるところに戻ってきたい」
彼女は微笑む。「リュウくん」と呼びながら。
「私は今からすごく図々しいお願いをするよ。私が生きたいように生きるための、あなたのことを全く思わないお願いだよ」
彼女はポケットの中をまさぐって、その中身を、まだ食器が出しっぱなしのテーブルの上に置いた――新品の鍵だった。
「この部屋を更新しないで、私の家に来て。私と一緒に私を褒めるのを、日常にしよ」
随分と遠回りな上に、何かいろいろ間違っている気もする。
しかし、それはつまり。
「一緒に住も」
――ということだ。
きっとこういうのは、僕から言い出してこっちに住まわせるのがかっこいいのだろうし、そうするのが望ましいのだろう。しかも、普通は「一生幸せにする」とか「毎日一緒にいたい」とか、そういうのが理由になるのだろう。何かいろいろ間違っている気がする。
しかし、それがどうした。一般論に何の意味がある。僕らが二人でいるときは、僕ら二人の世界でしか生きていないのだから、「普通は」なんて別世界の全く関係のない考え方にすぎない。僕らは僕らの理論で筋道が立っていればそれでいいのだ。
僕はその鍵を受け取った。ちゃんと論理的な説明だと思ったからだ。
「……そこまでは良かったんだ」
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