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14  英雄たちは用意された宿舎に移動した。城内にある広間の一つをアルトス傭兵団の拠点として、ユリウスが手配したのである。  広間の中央には大きな円卓のテーブルが鎮座し、その上にカラフェと人数分の金属製の杯が置かれていた。  左右の壁際には上等な造り——四本柱に支えられた天蓋と厚手の毛織物のカーテンが下がる寝台と背の高い間仕切りが並べられ、半個室のようになっている。 「広い」  ウィスカが呆然と天井を見上げた。 「随分と優遇されているんだな」  中央のテーブルに腰掛けたガートルードが皮肉めいた口調で言うと、 「ユリウス殿のお陰だろう。戦い前の最後の休息になるだろうから、ご厚意に甘えようじゃないか」  向かいの椅子に座ったニアールが窘めた。 「確かに、こんなふかふかな寝台で眠れるなんて最高だな」  ミュリエルは寝台に飛び込んだ。 「ミュリ、さすがにお行儀が悪いですよ」  マドラ・ルアが穏やかに叱る。 「ごめんなさーい。でも飛び込みたくなるよね。ねぇドラウグ」  矛先を向けられたドラウグは笑って首を振った。 「気持ちはわかるけど、飛び込むのは賛成できないな」 「えー。ウィスカは? 賛成でしょ?」 「え、あ、えっと、その、ダメだと思うよ……」  急に指名されたウィスカはドギマギしながら答えた。 「ちぇ。ウィスカなら賛成してくれると思ったのに」  ミュリエルはふてくされて毛布の中に逃げ込んだ。 「団長」  皆が落ち着いたところでニアールが切り出した。 「〈黒鷲(アクィラ)〉の隊長と何を話したんだ?」  団員たちの視線が英雄に集まる。 「……ヨハン殿とは戦い方を話し合った」  英雄は低い声でそう答えた。 「その作戦会議には誰がいたんだ?」  ガートルードが口を挟む。 「私とヨハン殿と副隊長のハンス殿、筆頭小隊長のリュカリュ殿、同副長のジャック殿、それに国王、マークスとユリウス殿、あとフォルス殿だ」 「フォルスという御仁は」 「ミシェル殿の部下だ」 「ミシェルって?」  毛布から顔を出してミュリエルが訊いた。 「そうか、ミュリたちは会っていないな」  英雄は息を吐いた。 「皆、座ってくれるか」  呼びかけに応じて団員たちが席に着く。 「まずミシェル殿は、ヨハン殿たちと同じく〈中央〉から派遣されてきた術師だ。だが〈黒鷲〉の一員ではなく、国王や城を護衛する役割を担っているそうだ。その部下がフォルス殿で同じく術師だそうだ」 「……そうか」  ガートルードが言葉少なに頷き、カラフェを取り上げた。手元のコップに並々とワインを注いで一口飲むと「〈黒鷲〉か」と呟いた。  なるほど、とニアールが不意に声を上げた。 「あの元気な若者が〈黒鷲〉の副隊長か」 「あぁ、あの食堂で暴れてた人か」とウィスカが言えば、 「暴れていた……。まぁそうですが、本人は模擬戦だとおっしゃっていましたが?」  マドラ・ルアが苦笑しながら応える。 「でも結果的には暴れてたよ」  ミュリエルがニヤリと笑った。 「それで」とガートルードが話を戻す。 「話し合いの結果は?」 「ヨハン殿は今回ある特殊な術を使うと言った。その為、私たちはまず前衛として敵陣に切り込み、発動までの時間を稼ぐ」 「特殊な術?」  ガートルードは眉を顰めた。 「その術は〈庭〉と呼ばれている」 「まさか」と今まで黙って聞いていたドラウグが声を上げた。 「そのまさかだよ」  視線の先にいる英雄は苦々しく頷いた。 「なんだ? 知っているのか」  ガートルードがドラウグに目を向ける。 「知っているだけ……。見たことはない」  怒りとも悲しみともつかない表情を浮かべてドラウグは殊更に抑えた声で呟いた。  ただならぬ雰囲気が広間に漂う。 「どういう術だ?」  ガートルードの問いに、英雄は目を閉じて答えた。 「……私もよく知らないのだが、〈庭〉は強大な力を結集させ、囲い込んだ空間の何もかもを消し去ってしまう術らしい。ゆえにヨハン殿は私たち部外者に、〈黒鷲〉の陣に近づかないよう強く警告した」 「その中にいる者は敵であろうと味方であろうと構わず殺すということか」  ニアールはため息をついた。  ミュリエルやウィスカは言葉を失い、マドラ・ルアも目を閉じて首を振った。 「〈庭〉の発動まで私たちは〈黒鷲〉の陣を死守しつつ、魔物を倒し、〈騎士〉や〈魔術師〉の撃破に向かう」  〈騎士〉と〈魔術師〉の名を聞いてカラはその顔を思い出した。  美しい銀色の髪と翡翠色の瞳を持つ眉目秀麗なエルフでありながら武の道を歩み、異端と蔑まれる騎士——。  くせのある白髪の下に見え隠れする青い瞳を持ち、口が悪く無愛想で過去を語らぬ魔術師——。  それぞれ剣と術の師と仰ぎ研鑽を重ねた日々——。  何もかも遠い日の出来事になってしまった——。 「あと……カラに言った言葉が気になる」  ガートルードの言葉でカラは我に返った。 「よく聞こえなかったが、何か忠告していたようだな」  射抜くような視線を向けられてもカラは目を逸らさなかった。 「同じだよ。〈黒鷲〉の陣には近づくなと、ヨハン殿は忠告していた」  英雄が代わりに答えた。 「そうなのか」  ガートルードの目が鋭さを増す。  カラは見据えたまま頷いた。  睨み合うように視線を重ねていたが、やがてガートルードは顔を背けて言った。 「……そうか」  ガートルードを横目に、英雄が口を開いた。 「各隊で話し合い、明日また作戦について検討することになっている。だから他に質問があれば遠慮なく訊いてほしい」 「魔王軍の状況は?」  冷静な口調でマドラ・ルアが問う。 「〈黒鷲〉の偵察によれば、拠点の城に魔物が集結し始めているとのことだ」 「向こうも総力戦ってところか」  ニアールが唸った。 「とはいえ、こちらは先の戦いで主力を失っています。中央の〈黒鷲〉という一大戦力の加入をもってしても、あちらの総力戦に対抗できるかどうかは……」  マドラ・ルアの懸念を吹き飛ばすように英雄が言った。 「ハンス殿は〈守護(ラーウルァ)〉だ」 「ラー、ウルァ……?」  ミュリエルが困惑したように繰り返した時、 「……う、嘘だ」  ウィスカは驚きのあまり椅子から転倒した。 「王の護衛者が……、こんな辺境の島に来るはずがない」 「だが来たんだ」  英雄が手を伸ばしてウィスカを助け起こす。 「ほ、本当にあのひとは〈守護〉なんですか?」 「本当だ。ハンス殿の背中を見ただろう?」 「黒い鳥のような紋様が刻まれていたな」  ニアールの言葉に英雄は頷き、 「あれは〈黒鷲〉の紋章だ。ふつう〈守護〉は主である王に忠誠を誓い、その紋章を背に刻む。しかしハンス殿はヨハン殿に忠誠を誓い、〈黒鷲〉の紋章を刻んだ」  ガートルードが納得したように首を振った。 「少し前、噂になった〈守護〉がいたが、ハンス殿だったか」 「噂って?」  ミュリエルが訊くとガートルードは肩をすくめた。 「団長が言った通りさ。〈中央〉の王ではなく、外道の〈黒鷲〉に忠誠を誓ったバカがいた、という話さ」 「随分な言われようですね」  ウィスカは苦笑した。 「仕方ないさ。一族郎党を皆殺しにした大罪人に忠誠なんて誓ったんだからな」とガートルードは鼻を鳴らした。 「み、みなごろし……」  ウィスカは息を呑んだ。  その横で、ドラウグが一瞬顔色を変えたのを英雄は見逃さなかった。目を向けると「大丈夫」と言うようにドラウグはかすかに笑みを浮かべた。  英雄は場が落ち着くのを待ってから言った。 「……ヨハン殿は元々〈白鳥(オルロ)〉という家の出身だった。〈中央〉の名門四家のひとつである〈白鳥〉はどの家よりも強く、高等な術である〈庭〉も完璧に発動できたという。しかし——理由はわからないが——ある日突然ヨハン殿は一族をことごとく殺してしまった。それこそ幼子から老人に至るまで徹底的に……」  ガートルードが言葉を継いだ。 「本来なら即死刑ものの所業だったが、王はヨハン殿のあまりの力と才を惜しんで〈黒鷲〉という地位を与え、権力で拘束して傀儡にすることで一応の決着をつけた——という最上級にヤバい奴に、王を差し置いて忠誠を誓ったんだ。ハンス殿がバカと言われるだけで済んでいるのは奇跡に近い」 「あるいは監視の為にハンス殿をそばに置いているのかも」  マドラ・ルアの呟きにガートルードは眉を顰めた。 「……まぁ、ありえん話ではないな」 「それで、その〈守護〉は強いの?」  ミュリエルがガートルードに視線を向ける。 「強い。おそらく最強に近いだろう」  魔物を含めて、とガートルードは答えた。 「ひとりでもドラゴン一個体は余裕で倒せるはずだ。単なる攻撃力でいえば魔王軍の〈騎士〉にも相当すると言っても過言ではないぞ」  ひぇぇとウィスカは震え上がった。 「その上、術も上級の使い手と聞く。さすがに最上級の術師には劣るものの、そこら辺の使い手など歯牙にもかけないだろう」 「そんなに強いなんて……」  ミュリエルが畏怖の声を漏らす。 「その御仁がいれば戦力はかなり強化される筈だが、大人しく手を貸してくれるのか?」  ニアールは険しい顔を英雄に向けた。 「ヨハン殿は何を差し置いても〈庭〉を発動させると言い切った。そのヨハン殿に忠誠を誓っているハンス殿が反故するような真似は決してしない筈だ」  だが難しい戦いになる、と英雄は嘆息した。 「団長よ」  ガートルードが唇の端を歪めた。 「どこで誰が戦おうとも、私たちは私たちの戦い方をするだけじゃあないのか?」  英雄も笑みを浮かべる。 「その通りだ」 「そうです。死力を尽くすのみです」とマドラ・ルア。 「ぼ、僕も頑張ります」 「もちろん、勝つ」  ウィスカとミュリエルも決意を新たにする。 「……ガートの言う通りだ。が、油断はするなよ。今回は特に未知の要素が多い」  ニアールの言葉が重く響く。 「確かに少し情報を集めてみた方がいいかも」  ドラウグも賛同の声を上げると、英雄も大いに頷いて、 「明日の会議で色々訊いてくるよ。その後また話し合おう」 「それまでは?」  ミュリエルが目を輝かせて訊くと、英雄は苦笑しながら答えた。 「自由時間だ」 「やったぁ。ねぇ ウィスカ、ちょっと探検してみようよ」 「え、えぇ歩き回って大丈夫なの?」 「おい、あまり目立つような真似はするな」  ガートルードが釘を刺す。 「わかってるって」  そう言いながらミュリエルは席を立った。 「私もちょっと行ってきます」とマドラ・ルアもミュリエルとウィスカの後に続いて扉に向かった。 「まったく仕方のない奴らだ」  ガートルードは呆れたように言った。 「夕食までには戻ってきてね」  ドラウグが笑顔で見送る。 「ドラウグよ、そうやって甘やかすのはよくないぞ」  ガートルードの小言にもドラウグは美しい笑みを返した。 「滅多に入れない場所だからいい機会だと思うし、それにあのふたりなら何か面白いものを見つけてくるんじゃない?」 「お前……」  いつもよりいたずらっぽく笑う様子に、ガートルードは思わず声を漏らした。 「団長も同じ考えでああ言ったのか?」  ニアールが英雄を見やる。 「いや、そこまでは考えていなかったよ」  ふん、と鼻を鳴らしてニアールが言った。 「まぁ、マドがついているから無茶なことはしないと思うが」  ガートルードが頷く。 「大丈夫だろう。ああ見えてミュリは思慮深い奴だからな」  それで、とガートルードが続ける。 「私たちは食事の時間まで何をすればいい?」 「何でもいいよ。自由時間だから」  英雄はやわらかく笑った。 「そうか」  ガートルードはカラに目を向けた。 「カラ、付き合え」
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