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「ママンじゃないから、エマも大変」
ため息のようにつぶやいて小さなケーキを皿に取り分ける。
「エマは、リツとママン、どっちが好き?」
静かだが、律を拒絶するような質問に肩を強張らせた。
答えは――決まっている。
「……大丈夫。僕は雇われているだけで家族じゃありません」
苦くつぶやいてカップに視線を落とす。
琥珀色の水面に不安な顔が映って希望を口にすることを、揺らいで拒む。
(ジルさんは元に戻りたいんだよね)
口をつぐんだ律にさらに言葉を重ねる。
「チアキ、優しい。だから分からない」
つまり、律の――勘違いだと。
頭のどこかで分かっていても、鋭いナイフのように心に突き刺さる。
深く突き立ててとどめを刺すように静かに言葉を継いだ。
「私、寂しい。日本語、忘れる。チアキも……エマも忘れる」
遠く離れた地で、忘れられるのは寂しいと。
「――――」
なにか答えようとしたのに――声が出ない。
抉られた傷が、鋭く痛んだ。
分かったことは――。
(千秋さんとやり直すために日本に来た。だから僕は邪魔だと言ってる)
律の心にも木枯らしが吹きぬけて、胃の辺りが重たく冷えた。
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