41人が本棚に入れています
本棚に追加
「もう少しで終わりでしょ?」
促されてしぶしぶ鉛筆を走らせる。数字やアルファベットは得意なようだが日本語――特にひらがなに苦戦している。一番嫌いな文字は『む』だ。
(嫌だからって避けてばかりもいられないし)
親が日本人だからといっても語学は勉強しなければ身につかない。特に日本語は漢字やカタカナなど大人でも苦労する。
「パパにはチョコレートをあげないの?」
「あげない。だってお友達じゃないもん。エマは別の子にプレゼントするの」
「そうなんだ」
エマにとってバレンタインデーは友情を確認する日で好きな人に告白する日ではないようだ。なんとなく時代の流れを感じて口の端を下げた。
「エマは可愛いからお友達がいっぱいで大変なの」
どこで覚えてきたのか、ぎこちなく片目をつぶってみせる。
可愛い姿に苦笑するが、誰に教えてもらったのやら。
(僕より園児の方が積極的かも)
視線をテーブルで伏せた携帯に向ける。
今日も千秋は遅くなるとメールがあったばかり。返信で帰宅時間を確認したが「深夜になりそうなので夕飯はいらない」とそっけない返事があっただけ。
(気を、使ってるのかな)
最初のコメントを投稿しよう!