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「お客さま、お忘れものはございませんか?」
運転手の低音ボイスが、客の男に向けられた。
薄暗い車内をルームランプが照らしている。真夜中の車窓に喧騒はない。街灯の明かりがうっすらと夜道を照らしている。
タクシーの無機質なウィンカーの音が響く中、運転手は静かにもう一度尋ねるのであった。
「お客さま、お忘れものはございませんか?」
客の男はお釣りを受けとりながら、怪訝な表情を浮かべた。
「そう何度も聞かなくてもいいだろう。さては、俺が酔っ払っているからか?」
確かに、男は酔っ払っていた。けれども、酩酊状態ではなく、ほろ酔い程度である。
「いえ、そういうわけでは」
運転手はバックミラー越しに男を見ながら言い淀み、自動ドアを開けた。
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