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「最近、お忘れものをするお客さまが多いものでして」
どこかとってつけたような言いわけをする。
「だいじょうぶだ。なにも忘れてはいないよ」
客の男は座席の周囲を見渡し、タクシーを降りて去った。
「はあー」
その姿を見送り、自動ドアを閉めた刹那、運転手は大きな溜息を吐いた。
「やっぱり忘れていきやがった」
運転手は口汚く毒づきながら、アクセルを踏む。バックミラーに血まみれの女の顔が映る。その女を半透明の老人が口説こうとしていた。その横では、長い黒髪を振り乱しながら妙齢の女がなにかをつぶやいている。
いっそ見えなければ、気も楽になるのに。運転手は恐怖に震えながらも、タクシーを走らせる。
忘れものをいっぱい乗せながら。
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