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「そうだ」と、言語学者が思い付いたように言った。
「わたしたちは匂いを組み合せて作った言葉を、鼻で嗅いでいますよね。こういう言語を『嗅覚言語』というんです。ですが、指話などの聴覚言語とか、線字などの触覚言語とか、言語には他にも種類があるんです。今度地球人に会ったら、指話を試してみませんか」
「立体映像が聞けないのに、どうやっておれたちの指の形を聞くんですか」
「あの、すみません」
代表者が呼びかける。二人は言い合うのをぴたりとやめた。
「お二人は、あの大広間の光を覚えていますか」
「光?」
代表者が遠くを聞き澄ましながら語る。
「黄色いような青いような、不思議な輝きでした。初めて見た光だったので、ずっと気になっていて」
「うーん」と唸りながら、生物学者が天井を向く。
「おれは気付きませんでしたけど」
言語学者が口元を隠して笑った。
「まさか、地球人が光で映像を作るとでもおっしゃりたいんですか。耳は物のかたちを聞くために、鼻は人の言葉を嗅ぐためにあるんです。目はせいぜい、敵の影を見つけたり、今が昼か夜かを時計を聞かずに言い当てたりするくらいの使い道しかないんですから」
生物学者も笑った。
「彼女の言う通りです。地球人はカタでもラカウュジシでもないんですよ」
代表者は恥しそうに顔を背けた。窓際で頰杖をつく。遠离ってゆく宇宙船を耳で追いながら、彼は呟いた。
「俺はいつになったらあの人の話を嗅げるんだろう……」
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