15人が本棚に入れています
本棚に追加
*
「……お邪魔します」
2週間ぶりに僕の部屋にやって来た彼女に、最後に一度だけだと言ってカレーを作った。
僕らがもうお終いなのかも、恐らく今日判明する。
今までよりも黄色みが強くて柔らかい香りのカレー。根菜を中心に、鶏モモ肉を入れて作った。
「どうぞ」
今まで以上にドキドキしながら彼女がカレーを頬張るのを見ている。
一口目を食べると、彼女は無反応だった。そしてもう一口食べて「ん」と頷く。
「これ。これだよ」
そう言って僕を見た彼女が、頷きながら涙を流す。
「お母さんのカレー」
「……そっか」
彼女は中学生の頃に母親を亡くしていた。
一番好きだった母親のカレーは、レシピが分からなくてずっと食べられないままだったのだという。
彼女と付き合いたかった僕は「代わりに僕が作ってみせるよ」なんて啖呵を切ったくせに。
「ごめん、諦めかけて」
「ううん。ありがと」
鼻の奥がつんとして、カレーの香りすら分からなくなりかけた。
「これ、そばつゆが入ってるんだよ」
「そばつゆ?? そうなの?」
「うん。蕎麦屋のカレーにそういうのがあってさ。もしかしてと思って」
「そっかあ、そばつゆの味だったんだ……」
嬉しそうな彼女のまつ毛が濡れている。
「やっぱり、君を諦められない」
会えない間、何度も何度も思った。
カレーを理由に君に会っていたくせに、正解が分からなくて逃げ出したくなったやつが。
どの面下げて言ってるんだと我ながら呆れてしまうけれど。
「わたしも、このカレーがずっと諦められなかったの。誰かに教えて欲しくて」
「うん」
「だから、諦めないでくれて、ありがとう」
「うん」
僕は誤魔化すように自分で作ったカレーを食べる。
これ、旨いねって彼女に言いながら、ボロボロと目から水が溢れてカレーに落ちた。
君は、何度カレーを作って絶望して来たんだろう。
そんなことすら想像がつかなかった自分に嫌気が差す。
「これからも、よろしくお願いします」
彼女が言った。
まだ涙で濡れた目を綻ばせて、僕の涙をハンカチで拭いている。
僕は、カレーの味を忘れなかった君を大切にしたい。
誰かにとっての思い出を作る料理人としても、ひとりの人間としても。
そっと、彼女の手を握った。
君の手は、ひんやりとした冬のように冷たい。
最初のコメントを投稿しよう!