彼女の食べたいカレーの話

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  * 「……お邪魔します」  2週間ぶりに僕の部屋にやって来た彼女に、最後に一度だけだと言ってカレーを作った。  僕らがもうお終いなのかも、恐らく今日判明する。  今までよりも黄色みが強くて柔らかい香りのカレー。根菜を中心に、鶏モモ肉を入れて作った。 「どうぞ」  今まで以上にドキドキしながら彼女がカレーを頬張るのを見ている。  一口目を食べると、彼女は無反応だった。そしてもう一口食べて「ん」と頷く。 「これ。これだよ」  そう言って僕を見た彼女が、頷きながら涙を流す。 「お母さんのカレー」 「……そっか」  彼女は中学生の頃に母親を亡くしていた。  一番好きだった母親のカレーは、レシピが分からなくてずっと食べられないままだったのだという。  彼女と付き合いたかった僕は「代わりに僕が作ってみせるよ」なんて啖呵を切ったくせに。 「ごめん、諦めかけて」 「ううん。ありがと」  鼻の奥がつんとして、カレーの香りすら分からなくなりかけた。 「これ、そばつゆが入ってるんだよ」 「そばつゆ?? そうなの?」 「うん。蕎麦屋のカレーにそういうのがあってさ。もしかしてと思って」 「そっかあ、そばつゆの味だったんだ……」  嬉しそうな彼女のまつ毛が濡れている。 「やっぱり、君を諦められない」  会えない間、何度も何度も思った。  カレーを理由に君に会っていたくせに、正解が分からなくて逃げ出したくなったやつが。  どの面下げて言ってるんだと我ながら呆れてしまうけれど。 「わたしも、このカレーがずっと諦められなかったの。誰かに教えて欲しくて」 「うん」 「だから、諦めないでくれて、ありがとう」 「うん」  僕は誤魔化すように自分で作ったカレーを食べる。  これ、旨いねって彼女に言いながら、ボロボロと目から水が溢れてカレーに落ちた。  君は、何度カレーを作って絶望して来たんだろう。  そんなことすら想像がつかなかった自分に嫌気が差す。 「これからも、よろしくお願いします」  彼女が言った。  まだ涙で濡れた目を綻ばせて、僕の涙をハンカチで拭いている。  僕は、カレーの味を忘れなかった君を大切にしたい。  誰かにとっての思い出を作る料理人としても、ひとりの人間としても。  そっと、彼女の手を握った。  君の手は、ひんやりとした冬のように冷たい。
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