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彼女の食べたいカレーの話
僕は料理の専門学校を出て、洋食屋で働いている。
世間的に言われる「料理人」という職業で、小さな店のキッチンに付きっきりだ。
休みの日は他人の料理が食べたい僕だけれど、今日も自宅のキッチンにいた。
「違う。これじゃない」
彼女からの容赦ないダメ出し。
「だから、他にヒントをくれないと分からないよ。インド系でもなければアジア系でもないんだろ?」
「うん。ココナッツミルクとかスパイスは効いてないやつで、甘くて、人参とかジャガイモがゴロゴロ入ってるの。肉はその時によって違ったけど」
料理人の僕から言わせると、日本のカレーはジャンルが広い。
恐らく、世界中のカレーが食べられるんじゃないだろうか。
「この間、蜂蜜を入れて作ったけど違うって言ってたよな」
「あの日のカレーはなんていうか……高級な味がしたんだもん」
「フォン・ド・ヴォライユがいけなかったのかな。赤ワインも使ったし」
フランス料理の基本、鶏のだしを丁寧に取って作ったのに彼女は合格点をくれない。
どうしても食べたいカレーがあると言われてから2ヶ月。
僕は休みの度にカレー三昧だ。
「色々ヒントをもらったけど、イマイチ分からないんだよ。懐かしい味って言われてもさあ」
「素朴な味ってことだよ」
これだから素人の説明は困る。香りの系統だとか、味の説明は一切ない。
幸いカレールーの指定はあったから、だしや味付けの変化だけで完成するはずなのに。
擦ったリンゴを入れても、マンゴーチャツネを使っても、彼女はただ「違う」と言った。
「お手上げだよ。多分、僕には一生作れない」
「……バカ」
彼女はそう言うと無口になって、僕らは感じの悪い雰囲気のまま別れた。
後で携帯電話に一度メッセージを送ってみたけれど、彼女からの返信はない。
振られたのかなーー。
こんな終わりは納得できないと思うのに、折角の休みにずっと料理三昧だったのが堪えていた。
休みの日くらい、料理のことから離れてダメ出しなどされない日常が欲しい。
だから結局、僕らはもうお終いだったのかもしれない。
僕はあてもなく街中を歩いた。
冬の寒さに自然と身体が縮こまる。ああ、隣に彼女がいないのはやっぱり寒いな。
そんなことを考えていた時、雑踏の中に混じるカレーの香り。
それを辿って、店を突き止めた。
あれ、この系統、今まで作ったことがないんじゃーー。
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