鏡の魔女と「特別じゃなかった一日」

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『ありがとうついでにっていうのは失礼なんだけど、もうひとつ、お願いしてもいいかしら』 「なぁに?」 『ワタシの手鏡で、この投影機を映して欲しいの』  どうしてそうして欲しいのか、なんて野暮を口にするより先に、みくはワタシの頼んだ通りにしてくれた。  ワタシは、かつてこの投影機があったドームの中にいた。鏡の魔法の力で。  でも、ワタシに出来るのは、かつてこのコがいたのと同じ時間、空間に行けるってだけ。この投影機を動かして星空を見ることも、解説員さんを呼び出して星空解説をしてもらうことも、同じ日にいた観客を座席に座らせることも出来ない。  ワタシは最前列の座席に腰を下ろして、後ろに倒して、目の前の投影機とドームの白い天井を見上げた。  ここで最後に見た投影の内容を、ワタシはちっとも覚えていない。だって、それがここで聞ける最後の解説になるなんて、思ってなかったんだもの。ワタシがそれを知ったその時にはすでに閉館した後で、取り返しがつかなかった。  あの一日が最後で、特別な投影になるなんて、考えてすらいなかったもの……。  人間と違って機械は永遠で、何度でも直して使い続けることが出来る。そんな風に言う人もいるけれど、そんなの幻想だとワタシは思う。だって、時代が進めば古い機械は見捨てられて新しいものに挿げ替えられる。それを直すのに必要な部品は製造されなくなり、直せる技術者は世代交代されずにこの世のどこにもいなくなる。  みくがわざわざ、新幹線に乗ってまで遠方のプラネタリウムへ行くことにしたのだって。そこの投影機は開館以来稼働していてもう還暦間近で、いつ、稼働の限界を迎えてもおかしくないって報道を見たのがきっかけだと教えてくれた。だったら、動いている姿が見られる今のうちに行っておかなくちゃ! って一念発起したのよね。  数年後にみくがまた同じプラネタリウムへ行ったとしても、同じ投影機の星空が見られる保証はない。科学館のスタッフの方々はなるべく、今の投影機を大切にして続けていきたいって方針だと明言しているけど、それでもね……。  みくとワタシが一緒に見たあの旅のプラネタリウムの星空は、特別な一日ってことになるかもしれない。次に行った時に同じ星空である保証はないっていうか、もしかしたらそうでない可能性の方が高いのかも。現実的に考えるのなら。  ……いいえ。めったに行けない旅先の投影に限らない。本当は、どんな星空解説だって、「二度と同じものは見られない、聞けない」ことを覚悟の上で。いつだって「特別な一日」と思って楽しむべきなのかもしれないわね。
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