鏡の魔女と「特別じゃなかった一日」

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 ボンジョルノ! あるいはボナセーラ、かしら?  ワタシは鏡の魔女。残念ながら名前は教えてあげられないの。教えてしまうと魔力が弱くなってしまうからね。  鏡の向こうでご機嫌に旅の支度を進めている女の子、「みく」は、ワタシのお友達。ワタシは鏡を介して、「この世で最も自分に似た顔の人」と、こうしてコンタクトを取ることが出来るのよ。 「随分楽しそうじゃない。家族旅行にでも行くの?」  ワタシが声をかけるまで、みくはこうして見られていることすら知らないの。でもそれを不快に思ったりはしないみたいで、『あ、見てたんだ。こんにちは』なんてにこやかに応えてくれる。せっかくの作業を中断させてるっていうのにね。 『家族旅行じゃなくってね、生まれて初めての「ひとり旅」に挑戦するんだ!』 「みくって、まだ高校生よね。ご両親は心配じゃないのかしら」 『行き先がごく普通の街中だし、人通りの少ないとかとにかく怖そうなところには行かないって約束でね』 「そんな不自由な思いをしてまで? お友達でも誘った方が安心じゃないの?」 『実はねぇ、行き先が憧れのプラネタリウムなもんで。そういうの、ひとりでじっくり味わいたい質なんだよね』  女の子らしくないよねぇ、なんて、てへへ、って笑うみくだけど。ワタシは彼女のこういうところ、気に入っているのよね。誰かと一緒じゃなきゃ好きなことも出来ないなんてコよりよっぽど好感が持てるもの。 「憧れのプラネタリウムって、どんなところ?」  そこで彼女が口にした名前を聞いて、前言撤回。これは、今回ばかりは信条を曲げてでも、ワタシもご一緒させていただかないと!  ワタシは愛用の、六角形の黒い手鏡を目の前の卓上鏡へ放り入れる。すると、みくが向き合っている彼女の部屋の鏡からそれが飛び出して、慌てて手を差し出してキャッチする姿が窺える。 「その鏡をあなたの旅にご一緒させて欲しいの。鞄にしまっておくだけで、あなたと見ているものを共有出来るから」 『そんなことが出来るの? だったら今までもこの鏡を貸してくれたら一緒にお散歩も出来たんじゃない?』  みくは川沿いのお家に住んでいて、自宅周辺の自然豊かな場所をひとり歩きするのが趣味だから。部屋の鏡でしかワタシと会話出来ないのがほんの少し残念で、一緒にお散歩したいってこれまで思ってくれていたみたい。これも、ワタシが一方的に覗き見して知った彼女のささやかな願い。そのお気持ちは光栄なのだけど。 「この手鏡はワタシの魔法の最も大事な道具で、おいそれと貸出は出来ないのよ。今回だけはどうしても見たいものがあるのよね」 『いいけど、どうして今回だけそんな特別に?』 「理由っていうなら、みくと同じだわ。ワタシも会いたいのよ」  みくの憧れのプラネタリウムで今も現役で稼働している投影機。カールツァイス・イエナ社製、Universal23/3に。
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