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「あんな飾りで縛ったつもりだったら、そんな妄想はやめとけよ……痛いを通り越して、バカだろ」
歯を見せて笑う慎司の肩を握りしめた。
「馬鹿はお前だ」
いがみ合い睨みあう二人の間に、再び新しい人物が割り込んできた。
「ねぇどうしたの?血相変えて真夜兄さんが飛びだしていったけど」
携帯電話を手に階段を上がってきた末っ子の優希は、三人の異様な雰囲気にやや遠慮気味に話す。
「もしかして修羅場?なんか嫌な感じって思っていたけど、本気だったんだ。二人とも……でも追いかけなくていいの?」
「どうせ帰ってくるだろ。あいつの帰る場所はこの家しかないんだ」
どっかりと廊下に腰を下ろした慎司がポケットから煙草を取り出した。口にはさむまでの流れが、ひどくゆっくりしている。
「そうかな。真夜兄さん、帰ってくるかな」
普段は納得する末っ子が腑に落ちない様子なので、次第に三人とも顔を見あわせ始める。妙なところで共感してしまう。
「僕、帰って来ない気がする。真夜兄さんって、普段あんまり感情を表に出さないじゃん。ああいうタイプの人って、変なとこで意地っ張りだから……家出のときは慎司兄さんが居たから、どこかで安心していたんだよ。でもさ……」
口を閉ざした優希に、俯いた真之介が同調する。
「僕は普通だから、真夜を怯えさせることなんかしなかったけど……兄さんたちのせいでしょ。あんなにひどいことするんだから」
「俺が悪いっていうのか?」
低く唸る真也に何時の余裕も情の熱さもない。
「違うよ、そういうんじゃなくて」
「俺は悪くないだろ。真夜が好きだったのはずっと俺だったんだ。それを横取りして傷つけてきたのは慎司だ。そうだろ」
彼は煙草に火を灯し、深く息を吐いた。
否定などせずに、ただ耳に指を差し入れてほじっている。
「そうだな。でも、どうせ堕ちてくるよ。だって俺、長男だからなんでもわかんだわ」
……悪魔め。
にたにたと嗤う口元がいやらしい。兄弟で無ければ早々に屠っていたところだ。
なぜ勝ったつもりなのに負けた気になるんだ。
不愉快だ。ただただ不愉快でならない。
誰も見ていなかったら、本当にそのくびをへし折っていた!
「とりあえず待とうよ」
力なく呟いた真之介の目じりに涙が浮かんでいた。
皆、口を閉ざして窓の外へ視線を流した。吐き気がするくらいに澄んだ青空が、ただただ広がっている。
だけどその日、否、それ以降、真夜が帰って来ることはなかった。
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