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 それは商店街の隅にひっそりと佇んでいる。私は白い空の下、軽快な足取りで商店街を走り抜けた。商店街はイルミネーションで彩られ、どこからかクリスマスソングが流れている。  クリスマスソングの音が遠かったころ、目的の店に辿り着いた。一見古びたカフェに見えるがそうではない。その証拠に扉の横には『如月相談所(きさらぎそうだんどころ) あなたの謎を解きます。 またお話し相手にもなります。 お気軽にお越しください』と書いてある小さな看板が掲げられている。以前は説明文はなかったが、敷居を低くするためと、どうもここを探偵と勘違いしているひとが多かったのでその対策に書き加えた。浮気の依頼をここでされてもお門違いなのだ。  ここ、如月相談所は私の叔父、如月楓(きさらぎかえで)が経営する何でも屋だ。そして私のバイト先でもある。そんな如月相談所では度々私の好奇心を刺激するような不可解な謎が舞い込んでくる。  冷え切った手を擦りながら、アンティークな扉を開けた。ワンテンポ遅れてドアベルが「からん」となる。冬の澄み切った空気によく響いた。 「ただいま……じゃなくていらっしゃいませ」  ついいつもの癖で『ただいま』と言ってしまったがお客様がいるようだ。おじさんの向かいに座った男性は俯いていて、反応がない。おじさんは苦笑しながら「失礼しました、バイトで姪の如月です。明莉(あかり)、早速だけれどコーヒーをよろしく」と言った。 「……いえ」  ぺこぺこと頭を下げながらお客様の横を通って給湯室へ向かう。一瞬見えた横顔は生気がなく、髪も伸びていた。  給湯室と行ってもなんでも置きになっている。ここは先ほどの応接室と給湯室しかない小さな店だからだ。  リュックを隅に置いて、制服の上からエプロンを付けお湯を沸かした。その間にコーヒーを淹れる準備をする。バイトと言ってもおじさんみたいに話を聞いたり謎を解明するのではない。お茶を準備したり、掃除をしたり、時にお客様をご案内する程度のものだ。 「新しく買ったコーヒーにしようかな」  つい先日商店街に新しくできたコーヒー屋さんで挽いてもらったコーヒー粉を取り出した。  紙フィルターをドリッパーに装着してコーヒー粉を入れる。フルーティーな香りが鼻腔をくすぐった。  ケトルをクルクルと回しながら少しずつお湯を入れていく。丁寧に淹れ、三つカップを用意して注いだ。普段カフェオレにする私だが、せっかく新しく買ったコーヒーだ。そのまま飲んでみよう。  トレーにコーヒーとシュガーやフレッシュミルクを置いて、慎重にお客様のもとへ運んでいった。
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