六章 嫉妬

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 ようやく終わった頃には、日が落ちかけていた。  途中、使用人が食事の時間だと呼びに来たが、返事がないので帰っていった。  抱き合ったまま、相楽に聞いてみる。 「もしかして……シロに嫉妬したんですか」 「なんだ、それ。死ぬほどかっこ悪いな」  いかにも的はずれだという口調だが、逆にあながち間違っていないのだと確信する。 「こっちへ来て、よほど寂しい思いをしてきたんだろうと思ったよ。シロが来てから笑顔が増えた」  確かに姉や姪と離れ、孤独を持て余していた凛子に、シロは唯一の慰めだった。  だが、相楽の気持ちを考えたことはなかった。  父親に捨てられた話といい、存外寂しく愛情に飢えた人なのかもしれない。  いつまでも心を開かない凛子を気遣ってくれていることを知っていながら、壁を崩そうとはしなかった。 「帰りたいか?」  思わぬことを訊かれ、言葉を失った。そんなことは思ったことがない。 「……いいえ。私はあなたの妻になると自分で決めました」 「そうか──ならいい」  ふと思いつきで夫の頭を撫でてみた。シロにするように。  左手を背に回し、右手で髪を撫でていると、しばらくして静かな寝息が聞こえてきた。  起こさないよう、静かに体を離す。  彼の人生にはなにかが欠落していて、それが激しい渇望を生んでいる──そんな気がする。  ようやく自分の気持ちばかりで、彼のことをなにも知ろうとはしなかったことに気づく。  この人もまたきっと不器用な人間なのだ。凛子と同じ表に出せない寂莫を抱えている。  凛子が得られぬ愛を求めていたように、彼もまた凛子に愛情を求めている。  ただ袋小路から抜け出すためだけの結婚と決めたはずなのに。ひどくされたばかりだというのに好きな気持ちが溢れて止まらない。  こんなふうに苦しくなるはずじゃなかった。  ──少しは、自分から歩み寄らないと。夫婦になったんだから。あの女性のことを聞いてみよう。  子供がいるのなら、認知しても構わない。父や姉は実家は許さないかもしれないが、それが人として真っ当なことだ。  凛子の決意が固まった。
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