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今オレは、真也の家に一人。
なぜかというと、先に帰っててと鍵を渡されたから。
誕生会の食事の買い物するから、見ないでってことらしい。
これは持って帰っといて、と言われた、さっき買った時計の紙袋をテーブルの上に置いた。ちょっと、手持無沙汰。
コーヒー淹れていいかな……。
「コーヒー淹れといていい?」
そう送ったら、即、既読がついて、「聞かなくていいよ。飲んでゆっくりしてな」と返ってくる。
……多分、真也にとっては何気ない言葉なんだろうけど。
聞かなくても、真也の家で、コーヒー淹れといていいよって。
……オレにとっては、めちゃくちゃ嬉しいし。
幸せすぎるんだよね。
思えば、オレってば。
真也でないなら誰でもいいなとか。訳の分からないなげやり感で何人かつきあったけど……オレも最低だったけど、相手もなかなかの強者ばかりだったような。顔だけは良くてモテる人たちだったからかな。……真也には及ばないけど。
なんか時間を無駄にしたような、気がする。
ちょっと、というか、昨日からものすごくたくさん後悔している。
まあでも、真也には言うつもりなんか死ぬ気で無くて、付き合う人を好きになれたらいいなとは一応は思ってたし。でも、当然のように誘われて、そういう関係を持っちゃったのも。……後悔。
結果論だけど……真也と付き合えるなら、あんなことしなかったな……。
こんなのほんと、結果論で、言ってもしょうがないのだけど。
コーヒーの香りがし始めて、少し和む。
早く帰ってこないかな、真也。
正直まだ、夢の中にいるみたいな。
昨日からのこと、ほんとだよね。これ夢じゃないよね。
さっき買い物も行ったし、ここに買ってきたものもあるし。
……って買い物も全部夢でしたとか。そんなドラマとか見たことあるような。
うう。怖い。
……とか、本気で心配になるくらい。
ほんとに、ずっと好きで、友達でいいからずっと近いとこに居られるように、願ってた真也と、今付き合ってる状態……。
淹れ終えたコーヒー。こく、と飲む。
……本当に、真也、オレのこと、好きなのかな。
本当に。
友達として大事に思ってくれてるのは分かるんだけど……。そういう意味で好きなのは意味が違う。
キスはしてくれたけど。一緒に寝ることは、できたけど。それ以上……。
テーブルに置いていたスマホをふと見ると、昨日までの元彼とのトークが目に入った。
……当日会えなくなったからっていう、そういうやりとり。そっか、あいつ、今日、女の子と会ってるんだよね。昨日オレがスマホを見なかったら、オレと昨日、そういうことして、んでもって、今日、女の子と会ったのか。わー。なんか……女の子も可哀想だな。なんて最低なんだ……。
オレほんと、見る目、無い。
そんなオレが、心配だから……真也は付き合うって、言ってくれたのかな。
それでも、もちろん、嬉しいんだけど。
でも……真也は今まで女の子としか付き合ってきてないし。
「――――……」
うーんうーん、と考えていた時。持ってたスマホが震えた。
とっさに真也かと思って、タップした瞬間。あれ。……元彼? うわ。出ちゃった。
『もしもし、凌?』
「……何?」
『怒ってんの?』
「……」
『悪かったって。今日暇だろ。来いよ。誕生日、やり直そうぜ』
「……なんで??」
『今日予定空けたから、早く来いよ』
「……もう、別れたし」
『売り言葉じゃん。ただの喧嘩だろ』
「――――オレの誕生日に、女の子と会おうとしてたじゃん」
『遊びじゃん。断ったからさ』
……話が。全然、通じないというのか。
…………遊びならいいと思ってるのか……。
その時、がちゃ、と鍵があく音。「凌ー」と、真也が呼ぶ声。
あ、やば。帰ってきちゃった。もう一刻も早く切りたい。
「もう会わないから。別れたもん。じゃあ」
そう言って、電話を切った。ぽいっとテーブルに滑らせて、真也を迎えに出る。
「おかえり」
「ん。電話?」
「あ、うん……」
オレの顔を見ながら洗面所に行って、手を洗ってから戻ってきた真也は、オレの頬に触れた。
「何。どした?」
「――――」
ドキ、と心臓が弾む。
……近いし。カッコいいし。……心配してくれるのが、嬉しいし。
その時、テーブルで電話がまた震える。
眉を顰めて、あいつほんとに何考えてるんだろと思っていると。真也がスマホを見に行った。手に取って、名前を見た後、オレを振り返って、見せてくる。
「……これ、元彼?」
「うん……なんか……来いって。誕生日祝うとか……意味わかんなくて」
「出ていい?」
「え。あ、うん……え?」
どうしようと思っている間に、真也が電話に出てしまった。
「もしもし。凌のスマホだけど」
あ。出ちゃった。え。どうしよ。
はらはら見守っていると。
「昨日凌と別れた人? ……誕生日はオレが祝うから、安心して」
うわわ。なんか向こうで元彼が何か言ってる。
「もう、オレのだから」
そんなことを言った真也に、元彼は、またなんか、言ってるー……。
少し聞いた後、真也はため息をつくと、オレに背を向けた。
「あのさ。誕生日に他の女と会おうとした時点でふざけんなって感じ。お前に凌を責める権利なんかない。あと、もうかけてこないでくれる? ……オレが一生大事にするから」
なんか、向こうでわーわー騒いでるのが聞こえる。言い終えると、元彼が電話を切った、みたい。
真也は、「うるさ……」と呟きながら、電話をテーブルに置いた。
「昨日の今日で他の男とかありえない、こっちから願い下げだーとか言ってたけど……どの口が言ってんだ……」
「――――……」
「あの感じだと、もう大丈夫そう。……ほんと、こいつ、バカだな」
言いながら振り返った真也は。
オレを見て、うわ、と固まった。
「何。……何、泣いてんの?」
顔を挟まれて、真也の親指が涙をぬぐう。
「……一生って」
「え。……ああ、一生……だと思ってるけど?」
「――――でもオレ。色んな奴と……付き合ってきたし」
「別にそこはオレも付き合ってたし」
「……でもオレ、男とだし……やじゃ、ない?」
「別に。まあちょっとは、お前に触った奴には、ムカつくけど」
ぎゅ、と目をつむると、またぽろぽろ涙が零れたけど。
自分で拭ってから、真也を見上げる。
「……オレのこと、ほんとに好きなの?」
「好きだって。……心配?」
「……だってオレ男だし」
言った瞬間。
唇に、真也の唇が触れてきた。
キスして、離れて。
見つめ合って、また触れてくる。優しいキスが、幸せすぎて、もうほんと涙が。
と思っていたら。
真也が、よし、と頷いた。
よし、って??
上向いたオレの頬に、ちゅ、とキスしてから、まっすぐ見つめられる。
「誕生会後にして――――ベッドいこっか」
「……え」
「オレの好きの意味が、どうしても心配なんだろ?」
ふ、と笑う真也。
「え……と」
急展開についていけず、真也を見上げていると。
「オレも、早く、オレで上書きしちゃいたいんだよね。全部。キスも、そういうのも。全部オレだけ覚えてくれたらいいし」
「…………っ」
言われたことが嬉しくて、真っ赤になりつつも。
でもほんとにできるのか、心配してたオレは。
そのまま、ひょいひょいとベッドに連れていかれた。
数時間後。
オレが寝オチてる間に誕生会の用意をしてくれた真也に起こされて。
とっても豪華なお誕生会をしてもらった。
時計を買ってくれた理由は。
ずっと一緒に、時を過ごしていこうなっていう意味だって。
ベッドでも嬉しくて、泣いちゃったのに。
また泣いちゃうじゃん、もう。
お互いにプレゼントしてつけた腕時計が。
宝物になった、誕生日だった。
(2024/3/6)
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