プレシャスデイズ 3 ~ 予感

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 待合室で待っている親子にその旨を伝えると、母親は眉間に皺を寄せて不服そうな表情を見せた。しかし、娘はすっくと立ち上がり、着てきたコートを母親に渡して診察室へ向かった。  松岡は丸椅子に腰かけた娘に微笑みかけると「初めまして。春から所長に就いた松岡です」と挨拶し、問診と診察を行った後、さりげなく尋ねた。 「生理は普通にあっていますか?」 「えっ? あ…… はい」 「最後にきたのはいつ?」 「えっと…… 一ケ月半くらい前」 「ちょっと遅れていますね」 「不順なんです」 「わかりました」松岡はそう頷くと「今から採血と検尿をします」と言い、検査伝票を記入して差し出す。が、それを受け取った成瀬の瞳が見開いた。尿中妊娠反応の項目にチェックがついていたのである。   検査の結果、娘は妊娠していた。陽性反応が出た妊娠検査薬と採血の結果を合わせて松岡に渡すと、彼は軽く溜息をついたあと娘を呼んだ。  診察室に設置してあるテレビを眺めていた母親が「私も一緒に……」と腰を浮かせる。神経質で頑固そうな彼女になんと言って納得させるか悩んだ成瀬は「後でお呼びしますから もうしばらくお待ちください」と頭を下げる。すると、「どうして風邪をひいたくらいで こんな大ごとになるの?」と食ってかかられたため「お嬢さんに二~三お伺いしたいことがあるんです。それが済み次第、先生から説明があります」と畳み掛け、診察室のドアを閉めて彼女の侵入を阻止した。  既に席につき松岡と向き合う娘の顔は紙のように白く、俯いた視線は膝に置かれた手に注がれていた。そんな彼女に、松岡が穏やかな口調で語りかける。 「検査の結果ですが、妊娠されているようですね。微熱や倦怠感の原因は恐らく それによるものでしょう。近いうちに産婦人科を受診してお腹に赤ちゃんがいるか確定してもらってください」  そして、さほど驚いた様子を見せない娘の顔を覗き込むと 「もしかして、気づいていましたか?」 「このまえ、自分で調べたので……。すみません。問診票の【妊娠の有無】の欄、嘘を書きました」 「お母さんには話していないんですよね?」 「…… はい。体調が悪いのを風邪のせいにして そのまま帰省するつもりでしたが、受診をしつこく勧められて逃げられませんでした」 「帰省した後、どうするつもりだったんです?」 「彼と会って話し合おうと」 「あなたはどうしたいの?」  その問いにしばし無言になった娘だったが、膝の上に置いた手をギュッと握りしめると「…… 産みたいです」 「そうですか。でも、僕は待合室で検査結果を待つお母さんに このことを話さないといけない。あなたが拒んでもそうしなければならない義務があるんです。そのことを了承していただけますか?」 「先生に御迷惑をおかけするわけにはいきませんから…… 仕方ありません」
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