プレシャスデイズ 3 ~ 予感

1/5
37人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 成瀬は配達された荷物に首を傾げた。発注した備品の中に高級百貨店からの小包があったからだ。届け先は所長の松岡で、依頼主は遠方の女性。そして、品名はこう書かれてあった。 ――― 羽毛ナイトガウン…… だって?  山あいの集落の冬は厳しく、夜ともなれば体の芯まで凍えるほど。そんな場所に赴任してきた松岡をいたわるような品に彼への思慕を感じ取った成瀬は送り主に対する関心が いやがうえにも高まった。 ――― 血縁者か、懇意にしていた患者か家族、もしくは恋人…… といったところだろうか  しかし、送り主の下の名に20年前の記憶を呼び起こされた彼は、悶々としながら荷物を隣の部屋へ運ぶと 「先生、荷物が届きましたよ」  すると、診察室で患者の紹介状を書いていた松岡が顔を上げて視線をよこしてきた。 「やけに大きいけど、誰からだろう」  彼は荷物に張った宅配伝票に目を凝らして「ほぉ~」と呟き、それを持ち上げると「案外軽いな」と笑った。しかし、自分に注がれた視線に気づくと「邪魔だからあっちへ持っていくね」と逃げる様にその場を立ち去り、残された成瀬は憮然とした表情で後姿を見つめた。  その後、成瀬の心中は穏やかではなかった。そして、抑えきれなくなると訪問看護の帰り道にスマホで検索し始めた。発送伝票に書かれた名は松岡の元妻と同じもの。彼女は とあるホテルチェーン経営者の娘で、よもやまさかとホームページを開くと、代表取締役の姓と一緒だった(恐らく、彼は彼女の兄か弟だろう)。こうして推測が確信に変わった瞬間、成瀬は吐き捨てる様に呟いていた。 「関係が切れたわけじゃなかったんだ」  姓が旧姓に戻っているから離婚は間違いないだろうが、元夫の赴任先に贈り物を届ける――― しかも、相手の体を気遣うような品をよこすのは情が残っている証拠で、成瀬は図らずも苛立ちを覚えた。  嫉妬しているわけではない。数か月前に『よりを戻したい』的なことを言われたのに、別れた妻とも繋がっていたことに呆れただけ。相変わらずの人たらしぶりで、彼の告白を真に受けた自分が莫迦だった――― そう戒めた成瀬は俯いた顔を上げるとキッと前を見据えた。 ――― 彼のことは医師として尊敬するが深入りはしない。彼からの誘いはリップサービスと受け止めて上手く交わしていこう  そう心に決めると、エンジンをかけてアクセルを踏んだのだった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!