愛を見守る人

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 『あなたは、あなたの人生の主人公です』  これは、何の広告の言葉だっただろう。  私の人生の主人公が私なら、私の人生という物語はとても退屈でつまらないものだろう。  私、菊地澪は、常に真ん中の人生だった。悪い事をする勇気もなければ、取り立てて得意な事があるわけでもない。まさしく可もなく不可もなくな、まあまあ当たり障りのない人生を26年間過ごしてきた。  そして、私は、学生の頃からいつも近くで繰り広げられる様々な恋模様を見守っていた。  平凡ど真ん中の私のまわりには、なぜかヒロイン級の可愛い女の子が多かった。だから、恋愛漫画のようなキュンキュンな恋愛から、危険な香りが漂うアダルトな恋愛まで様々なものを間近で見てきた。  小説家や漫画家を目指していたらきっと題材に困らなかっただろう。そう考えたらある意味刺激的な日常だったのかもしれない。でも、私が彼女達にやってあげられるのは愚痴を聞いたり、ちょっと手助けをするだけだったから彼女達の繰り広げる恋愛物語に積極的に参加していたわけではなかったからやっぱり私の外側の物語だったのかもしれない。  それでも、私はそんな彼女達の物語を見るのが好きだった。 「澪、ありがとう」  彼女達が私に言ってくれる言葉と一緒に向けられるのは、幸せそうな笑顔ばかりではなかったけど、どこかすっきりした友達の顔を見れるのが本当に嬉しかった。それでも、やっぱり幸せな笑顔を作ってあげたかった。  だから、私は、今の仕事を選んだ。  私の仕事は、たくさんの笑顔を間近で見られるウェディングプランナーだ。 「本日は、おめでとうございます」 「ありがとうございます」 「体調はいかがですか?何かありましたら、いつでも言ってくださいね」 「はい、ありがとうございます」  今日の新婦はお腹に赤ちゃんがいる。式の準備中に妊娠が分かった事もあり、まだお腹は目立たないが、つわりが出始めたらしく少し辛そうだった。  挙式、披露宴と新婦は意外と気力、体力を使う。だから、より負担の無いものにと思ったが、新婦の希望で通常と同じものがとり行われる事になった。  ならば、私が出来る事は一生懸命にサポートする事だけだった。もちろん私達だけじゃない、ヘアメイクや他のサポートスタッフまでみんなで頑張った。  その結果、本当に素敵な笑顔をたくさんみる事が出来た。 「今日までありがとうございました。菊地さんのおかげで本当に素敵な結婚式をあげる事ができました」  そんな風に涙を浮かべて言われた時には私も涙がこぼれてしまった。  お二人をお見送りし、事務作業を済ませ、外に出ると、幼なじみの樹がいた。 「樹?どうしたの?」 「一緒に飲みに行こうと思ってさ」  ちらりと見た彼の服装は相変わらずかっこよく、自分との開いていく差に私はこっそりとため息をつく。  佐野樹、彼もまた学生の頃は、私と同じように可もなく不可もなくの位置にいた。それなのに、大学を卒業し働きだしたら、彼からちょっとずつモブ感が薄れた気がしていた。気がつけば、この差だ。ちょっと私は、納得いっていない。 「いいけど、今から居酒屋とかお店行くのは、ちょっとな。今日の結婚式、すごい素敵だったからまったりしたい」 「じゃあ、酒買って家で飲む?」 「いいよ。じゃあ、今日の感動エピソード、樹にも教えてあげる」 「そんなに素敵だったんだ」 「どの結婚式も素敵だったけど、今日は本当に感動したの」 「そっか」  樹はなんか嬉しそうに笑っていた。 「決まったなら、早く行こう」 「分かったよ」  私達は、お酒とおつまみを入手すると、樹の家へと向かった。  私は、乾杯するとさっそく樹に今日の話をした。だんだんお酒がまわり、感情が高ぶる私の話を呆れる事なく樹は、聞いてくれる。毎回思うが、樹は、本当にいい人だ。 「澪は、本当に今の仕事が好きなんだね」 「うん、大好き。幸せな人の笑顔を見ると本当に幸せなの」 「いつかは自分がそこに立ってみたいって思わないの?」  私が、あの場に…。  私は、想像しようとしてやめた。いや、正確には想像する事さえ出来なかった。だって、私は…。 「無理だよ。私には似合わないから…」 「そんな事ないでしょ」  樹は、下を向く私の頭を優しく撫でてくれた。それが、何故か少しだけ悲しくなった。 「樹も知ってるでしょ。私は、自分の人生でさえ主人公になれない。いつも誰かの幸せを近くでみているモブだから」 「澪…」 「ごめん、ちょっと酔いすぎた」  私は、誤魔化すように樹に笑いかけると、樹が突然私を抱き締めた。 「澪は、自分の人生の主人公は自分じゃないって言うけど、俺の人生に澪がいつも真ん中にいるよ。澪は、モブなんかじゃない」 「樹、慰めてくれてるの?」 「違う。慰めなんかじゃない。お前は、世話好きで、お人好しで、そのせいで損する事もたくさんあったはずなのに、いつも相手の笑顔がみれたから良いんだって最後に幸せそうに笑うだろう。そんなお前から俺はずっと目が離せなかった。俺の人生はお前を中心に回っているんだ」  樹の腕が緩み、私達は顔を向かい合わせた。 「澪、ずっと大好きだった。付き合って欲しい」  樹の真剣な目に恥ずかしくなり、樹に抱きついた。 「澪?」 「樹は、私と同じ良くも悪くも当たり障りのない人でモブ仲間みたいだと思ってた」 「モブか…。じゃあ、モブは、俺の人生のヒロインとは結ばれないのかな」  私は、顔をあげずに首を横に振る。 「あのね。樹の隣は、いつも心地よくて、一緒にいると楽しくて。それは、私達が似ているからだと思ってた。でも、樹の言葉を聞いて私も分かったの。私の人生には樹がいつもそばにいてくれた。樹がいないと駄目なんだって」  今度はちゃんと樹の顔を見る。 「樹、私もあなたが大好きです」  私達は、恥ずかしそうにおでこをくっつけ笑う。  私は、自分の人生でさえ主人公になれないモブだけど、大好きな人のそばで笑えるそんな人生をやっと心から幸せだという事が出来た。
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