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弥生の生い立ち(鷹間さん目線)
その日の夕方は、綺麗に夕日が見える日だった。
夏の終わり、ヒグラシが鳴いているころ、五時ごろだっただろうか。日が沈みかけたころに私が二階で洗濯物を取り込んでいると、店のインターホンを鳴らす人がいた。
「はーい」
ところどころ板のきしむ、狭い階段をどすどすと降りた。両側の打ち付け棚においてある水晶玉やホルマリン漬けのドラゴンの目玉が、小窓から射す西日に照らされて、キラキラと光っている。
一階の畳の小上がりは、荷下ろしのために用意した大小さまざまな段ボールで、足の踏み場もなくなっていた。また、ミニ武器倉庫の大きな鉄製の棚も、大部分を占めている。しかし、小上がりはほとんど使わない通路と同存在になっている。子のテナントは昔は八百屋だったようで、土間がある。土間は商品を並べる場所になっていた。しかし、インターホンは来客用ではなく、勝手口に取り付けたものが鳴っていた。
ヒグラシが、鳴いた。
扉を開ける。夕方になっても蒸し暑い空気が押し寄せる。そこにいたのは、親戚の雪蛇家だった。鷹間家の次女、私の妹の茜と、夫の喜朗。二人とも、ある時を境に鷹間家とは連絡が途絶えている。その隣には、夏なのに、暗い色のニット帽を深々と被された、細い女の子が、Tシャツの裾をギュッと掴んで立っていた。三人とも、暗く、深刻そうな顔をしている。
「あら、久しぶりだね、その子は?もしかして、茜と喜朗くんの子供?」
「こんにちは。今日は相談があって来ました。出来れば祈りの時刻が近づいてきているので、早めに。」
二人は、胸元を指さした。
胸元を見ると、二人の胸には、最近テレビで話題になっているカルト宗教の教団のバッジが付いている。
「は?」
「日本宗教法人青空教の白蛇茜と白蛇喜朗です。そして、この子は、私たちと違う人間です」
私はしばらくの間、意味が分からなかった。あの茜が、カルト宗教に入っているなんて、悪い意味で夢にも思わなかったし、人種差別をするような「私たちと違う人間」と言うなんて。
しかし、喜朗はなおも淡々と話を続けた。
「ちょっ、ちょっと、意味が分からないんだけど。お母さんたちに言ったの?」
「今はそれどころではありません。それはすべて、この子の目を見れば分かります。」
茜が女の子のニット帽を脱がせた。女の子は一瞬、眩しそうに目を細めたが、目を開けるように言われると、はい、と言って、目を開いた。
その子の黒目は、綺麗な緑色をしていたのだった。
「この子のように、黒や茶色以外の黒目をしている子は鬼の子です。こいつは、緑色の目をしているので、私たちでは育てられません。穢れます。」
私はその子が、すべてを理解しています、という顔をしてるのを見て、何ともいたたまれない気持ちになったのと同時に、激しく憤った。
「その子は、あなたの子供なの。」
「血縁的にはそうです。でも、こんなに一生懸命信仰している私たちのもとに、こんな子が生まれるはずはないのです。」
私は、もうこんなことを言ってしまっていた。
「もううるさい!その子は私が育てる、名前はなんていうのよ!」
一時の間があった。そよそよと生温い風が吹く。
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