治す男と忌み神の恋

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 三年前。  何を祀っていたかも忘れ去られた朽ちた祠に、珍しく客が来た。 「君は忌み神か、可哀想に」  呟く男は、血濡れの羽織にやわらかい笑顔。  野草が溢れた背負い籠。  治すことを生業にしているらしい。 「僕の家においでよ」  禍々しい正体に何ら臆することのない招きに、誘われるまま男の家に赴けば、赤い障子に黒塗りの欄間。血水晶の耳飾りを揺らし笑って言う。 「恐ろしくて可愛いものが好き」   道理で牙を剥いて見せても、喜ぶばかりのはずだった。 「可哀想」  は、すぐに。 「可愛い」  に変わり。  あれから三年。  力を蓄え、背を抜き。  名に恥じぬ体躯を手に入れてもやはり。 「可愛い」  と呼ぶ。  俺は畏れられる存在のはずだった。  なのに。  男は治すのが生業だと言っていた。  傍らで微笑み、微睡むような三年が、俺を形作っていたはずの何かまで癒してしまった気がする。  よく頭を撫でてくる不遜なその手は不思議と心地良く、自分が何者なのかの道理を時間をかけて溶かしていった。  好きだと囁く声が胸の内に溜まり、ざわざわとした知らない、どこか甘い感情を呼び起こす。  牙を剥きながら内心は、たやすく振り払える手を待つようになった。  早く祠に帰らねばと焦る理性と裏腹に、心はゆっくりと。  違う自分になっていくことを、悪くないと思い始めていた。
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