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「彼氏がいるのね。それでこの辺りに来たってことか。それじゃあ失くしたっていう昨晩も、彼氏といたのかな?」
「……はい」
「中央公園に、彼氏と?」
「……はい」
「ずっといた訳じゃないよね? 何時から何時くらいまでとか、分かる?」
「……分かりません」
「え? どういうこと」
「……覚えていないんです。私、さっき、気がついたら、さっき、ベンチに座っていました。鳥が鳴いていて、朝なんだって、気がついて」
……いやいや。
なんだ怖えぞ。怖くなってきたぞ。
瞳孔が開いたかのように一点を見つめながら、さっきよりも更に抑揚の無い声音でそう発する彼女は、明らかに普通ではなかった。
「えと、その、彼氏と昨晩いたのは確か?」
「はい」
「そのベンチにいたのかな?」
「はい」
「じゃあ彼氏は、先に帰ったりしたってこと?」
「……あいつがいけないんです」
「え?」
「あいつが、いけないんです、警察さん」
「いや、どうした、ちょっと落ち着いて」
「あいつが、私のこと裏切ったくせに」
「おいおい、なんだよ、怖いって、何か思い出した?」
思わず椅子から立ち上がり、俺は後退してしまう。それに呼応するように武橋もすくっと立ち上がる。
「あいつが浮気したのに、私のこと振ったの」
「振った? 何か揉め事?」
「……浮気した、あいつの方が、切り出した」
川柳のように5・7・5で言葉をぶつ切りにしながら発すると同時に、一歩、また一歩と俺の方に歩み寄ってくる。まるでホラー映画のクライマックスのようだ。
「ちょっと何!? 一旦座ってくれる!?」
「別れたい、お前のことは、好きじゃない」
「ちょっ、聞いてる? その川柳ムーブなんなの!?」
「それならば、私はお前を、許さない」
「怖い怖い、そのシチュエーションも今の川柳も怖いって!」
そこまで言うと彼女は、バン! とデスクに強く手をついた。
マグカップのコーヒーの水面が大きく揺れて、その強さを物語る。
「……忘れ物、思い出したから、もういいです……」
俺の方を白んだ目で一瞥しながら、抑揚なく発すると、武橋は踵を返す。
あっけにとられていた俺だが、何故かこんなことを返してしまった。
「あの、結局忘れ物って、彼氏のことっていうことで、いいのかな?」
武橋は、足を止めて振り返った。
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