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「やあ、東雲、おはよう」
講義開始前の大講堂、階段教室の最前列に座る私の横合いから爽やかな声で呼び掛けれた。
「あ、東風君。おはよう、相変わらず元気そうね」
「そう言う東雲は、あれ?何かあった?男と別れたとか?」
神楽さんに話したお陰で漸く気分的には落ち着いてきたのに……掘り返すのは止めて欲しいな。そう思った私の顔は更に暗くなったかもしれない。神楽さんからの誘いの内容を考えたら……。
「東風君、1つ忠告しておくね。私はともかく、他の女子にはその挨拶しない方がいいよ。最低だから」
「大丈夫。こんなこと東雲以外には言わないから。俺にだってデリカシーはあるし」
間違えようのない様、はっきりと緊めに言ってあげたのに、全く堪えていない様子だ。
「幼馴染みでなかったら言えないでしょ」
「幼馴染みでも言わないで欲しいけど?」
そうなんだ。この東風君とは小学校が同じ幼馴染み。中学に入る時、私は家の引っ越しに伴い私立中学へ進んだから、それ以来会っていなかった。
そして同じ大学に入って、一般教養の講義で偶々再会した。私達は『東雲』『東風』なんていうあまり聞かない名字だったので、偶然同じ教室にいることに気付いたのだった。
昔から悪戯好きで、少々ヤンチャな感じの子だった。確か空手だか、何とか拳法やらを習っていると言っていた。そんな彼は、今も昔の面影を持ったままで、あまり変わらないみたいだ。
昔と違う点と言えば――中身はともかく、見た目はちょっと格好良く成長したところだろうか。まあまあ、イケメンと言えなくもないくらいだと思うけど。何故なら、希に同じ学部の女子から「彼女はいないの?」と聞かれるから。でも、まあ時々の話だから、その程度だと私は思っている。
「東風君、もう講義始まるよ」
話を切り上げたくて促すと「あ、そうか。じゃ、俺向こうの学部の友達のところに行くわ」そう言って、階段教室の遥か上の席へと去って行った。
友達のいる席に戻った後も、東風君は数人で騒いでいる。
「東風、東風、どうだった?東雲さんやっぱ男いるの?」
「いや、分かんね。いたかもしれないけど、今はいなさそうだなぁ」
「やった!可能性あるじゃん!」
何だか私のこと言ってるみたいだけど、今の私はそれどころではなかった。
神楽さんに誘われたバイトの件で頭の中は一杯だった。
あの時、神楽さんは言った。
「東雲さん、貴女……別れさせ屋、してみない?」
「へ?」この人、何言ってるの?気は確かなのかと思った。私の疑問は当然とばかり、神楽さんは事細かな説明を始めた。
「私達の探偵業で一番多い依頼は何だと思う?そう、浮気調査。大抵の場合は、浮気してたら証拠を押さえて示談や離婚訴訟に備える。してなければ、疑惑が晴れて一件落着――となるけど、希にあるのよ」
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