レッスン

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事務所に連絡を入れてから丁度1時間後、東雲は2日振りに神楽探偵事務所を訪れた。 『神楽さん何か急いでたけど、具体的に何するんだろう?』東雲の抱いていた疑問は、まずは牧原から渡された書類で解消した。 それは神楽が電話で言っていた、雇用に関する書類だった。業務内容の欄にはさすがに『別れさせ屋』とか『抱かれる』とかの文字はないが、給与については確かに神楽から説明された内容が記載されていたので、少し安心した。何度も読み返して署名、捺印する。 『これでこの仕事に一歩踏み込んだんだ』 こういう契約みたいなものにはまだまだ経験がないから、改めて体に力が入るような気がした。 「あら、時間通りみたいね。もう、書類関係は済んだの?律ちゃん」入口から現れた神楽さんを見て、慌てて立ち上がって頭を下げた。 「本日から宜しくお願いします。神楽さん……あ、所長とお呼びした方がいいのでしょうか?」 神楽さんは私の肩をポンと軽く叩き笑った。 「いや、逆よ。私のことは莉緒でいいわ。その代わり、貴女のこと――愛莉亜と呼ばせて」 「あ、はい。……でも呼び捨てはちょっと。莉緒さんでもいいですか?」 莉緒さんは嬉しそうに微笑んだ。初対面で魔女という印象を受けた、切れ長の二重瞼の瞳も今日は優しく感じる。 「貴女がその方が良ければ、私はいいけど。私達は単に雇用関係にある訳じゃないわ。もし、仕事上のことで貴女に危険が迫ったら、必ず守るから。私達を信頼して」 「え?き、危険なんですか?」私は、驚き聞き返してしまった。 「(たま)にはね。ちゃんとそれに対処する人間もいるから、大丈夫よ」 「ボディガード的な人ですか?」 莉緒さんは腕組みして天井を見上げた。 「う~ん、ボディガード、ね。まあ、そんなとこかな」 最初から不安になってきたが、もう戻れないと腹を決めるしかない。何だか最近の私は置かれた境遇の所為か、前より強気な感じがする。『頑張れ、私』そう自分を勇気付けた。 「書類手続きが終わったんだったら、次は……貴女の能力確認(スキルチェック)を兼ねて軽くトレーニングするから。すぐ出掛けられる?」 「……能力確認(スキルチェック)?あ、はい。いつでも大丈夫です」 「じゃ、車で移動するから付いてきて。律ちゃん、出掛けるから留守の間宜しく」 「はぁい、行ってらっしゃい。気を付けて」 「愛莉亜、悪いけどこれ1つ持ってくれる」 「はい、重いですけどこれ何が入ってるんですか?」 「コスメ道具とか諸々。今のメイクも自然(ナチュラル)でいいけど、男の気を惹くメイクとかも練習しないと」 「……なるほど、練習」 私は車の(キー)を指先でクルクル回す莉緒さんに続き事務所を後にした。
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