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事務所から徒歩で2分程の駐車場に停めてある車に乗り込むと、何か普通の車とは少し違っていた。
「あ、それ無線機ね。調査上、盗聴が必要な時もあるから。あとはごく普通の車でしょ?尾行に備えてとにかく目立たないことが重要だから」
確かにインパネに組み込まれた無線機以外は至って普通。白の普通自動車――それも街中あちこちで見掛ける大衆車だ。
「じゃ、車出すわね。20分くらいだから」
車は国道4号線を北上して、莉緒さんの言った通り20分程経った頃、カーナビが「目的地周辺に到着しました」と無機質に告げた。
周りの風景、建物を見渡すと、派手な看板が取り付けられ、進む道路の道幅は極端に狭い。
「あ、ここね。到着ーっ!」車はカーテンで目隠しされた駐車場に入って停まった。到着した場所は、鴬谷のラブホ街の一角にあるラブホテルだった。
「!あ、あ、あの、莉緒さんっ?!」
「はい?」
「こ、ここって……。ラ、ラブホテルじゃ……?」慌てて口が上手く回らない。
「はい、ラブホだよ。ラブキャッスルっていうの。一応、御用達ってとこかな。あ、大丈夫よ。予約してあるから。まさか、初めてじゃないでしょ?」
『初めてじゃないけど、いきなりはないんじゃ』頭の中が混乱してきた。
私はふと、気付いた。
「ここで何をするんですか?」
「先刻言わなかった?能力確認とトレーニングよ」
「え、あの……それって、つまり……?」
「言ったでしょ。抱かれることもあるって」
いや、確かに言われたけど。今日?今?いや、それもだけど……誰とするのよ?
「莉緒さん、するとして……誰とするんですか?」
「わ・た・し・と。私とじゃ嫌?」自分の胸に手を当てて、自信ありな表情を見せる。何だっけ?そう『ドヤ顔』って奴だ。
嫌かどうかは、正直分からなかった。初めて会う見知らぬ男か、今日で会うのが3回目の知っている女か……。どちらにしても即答出来る問題じゃない。というか、今の私は選択出来る状況でもない。そう……決心したあの時を思い出してまた強くなるしかない。
『そうだ、頑張れ私』
「いえ、嫌とか言ってる場合じゃないの、分かってますから。私、します」
「じゃ、行こうか。いい部屋お願いしてあるからさ」車を降りて、重いコスメボックスを軽々持ち上げた莉緒さんの後を小走りで追い掛ける。
何か吹っ切れたのか、もう怖いとか不安な気持ちはどこかへ消えていた。
フロントに行き、部屋の番号を聞くと、最上階の角部屋だった。普通この手のホテルはパネルの写真を見て、タッチパネルで選ぶけど、今日は莉緒さんが連絡して部屋を予約してくれている。
だから、普段顔を合わす筈のないフロントの人と挨拶を交わした。何か変な気持ち。フロントにいたのは、私の祖母くらいのお婆ちゃんだった。
「莉緒ちゃんの知合いね。いつもお世話様、ごゆっくり」
眼鏡を掛け直しながら返してくれた笑顔が柔らかで、凡そラブホという場所柄と不一致だった。
「ありがとうございます。お世話になります」この私の受け答えもいい加減、ここにそぐわないものだったかも。
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