レッスン

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神楽莉緒という探偵に助けられた夜から3日後の木曜日の昼過ぎ――私は神田神保町にいた。初めて来た街だが、古書店が集まる街として有名なことくらいは知っている。ただ、そこから探偵という生業に接点を見出だせず、不思議な感覚を持って地下鉄の出口から周囲を見渡した。 私が今日、ここに来たのは神楽探偵事務所を訪ねて……神楽莉緒にお礼をする為――なのだけど、それだけがここに来た動機なのか自分でも分からない。何だろう……魔女と見紛ったその人に魅かれたからなのか?いや……私が魔女に魅入られたのか? そんな思いを巡らせながら、スマホのナビを頼りに歩くこと20分、幾つかの古書店が入る雑居ビルに辿り着き、外壁に取付けられた看板を見上げた。 『あ、あった。神楽探偵事務所……』それは古書店ばかりが入った5階建ビルの 5階にあった。 1階の古書店脇にある階段への入口は、狭くちょっと暗がりで、建てられてからの年月の長さを醸し出している。 古書店だから古い建物に入っている訳ではないだろうが、古書店と古い雑居ビルは妙に中味と器がマッチしている――そう思ってぼーっと立っていると、書店の店主と思しきオジさんから一瞥された。 「あ、どうも。こんにちは」『私は怪しい者じゃありません』という意味合いを込めて会釈すると、店主は形ばかりの作り笑顔を返して店の奥に去って行った。 私はその入口で入るのを少し躊躇った。1つは何やら怪しげな空間に立ち入ることに僅かな不安を感じたから。もう1つはこの最上階にいる筈の魔女と再会したらどうなるのだろうか?そこに不安を抱いたから。 「待ってるわ」魔女はそう言った。思い出したその言葉に袖を引かれるように私は階段へ一歩を踏み出していた。 5階まで階段を上がった所為か、それとも緊張からなのか、5階の『神楽探偵事務所』と表札が掲げられたドアの前まで来ると、胸の鼓動が早くなったような気がする。 『どうしよう……呼鈴(チャイム)を押そうか?それとも、やっぱり止めておく?』 この期に及んで、私は迷い俯き自分の足下を見詰めた。 「あのう……」 不意に背後から呼び掛けられた声に「ひぃ?!」と声を上げ、背筋をビクリと震わせた。 「調査のご依頼ですか?」 振り向いた私の前に立っていたのは、小柄なゆるふわショートボブの髪が可愛い人だった。歳は私と同じくらい。女子大生だろうか? 「い、いえ。こちらの神楽莉緒さんに助けていただいた者です。その……お礼に伺ったのですが」
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