4人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
「ああ、貴女でしたか。所長を魔女呼ばわりしたのは。今、事務所にいると思いますよ。どうぞ、お入り下さい」
彼女がニッコリ微笑み、ドアノブに手を掛けドアを開けると――金属の軋む音と共に魔女の住処が目の前に現れた。
『……何だか、魔女とは正反対な子。ほっこりする笑顔だわぁ。あ、いや安心してる場合じゃない。ここは魔女の住処だ……あれ?』
そこは白を基調とした、明るい清潔感のある部屋で、ちょっとしたお洒落なカフェを思わせる雰囲気だ。およそ古書店街の古い雑居ビルの中とは思えない佇まい。
案内された彼女に促されてソファに座った瞬間、隣接する部屋のドアが開いた。
「?あら、貴女。この前の酔いどれさんね」
突然、魔女と再会するなり、ガッツリ目が合った私は、たった今座ったソファから弾かれるように立ち上がった。
「あっ、あの……。その節はご迷惑をお掛けして、すみませんでした」
深々と下げた私の頭上で、あの夜と同じ柔らかな声が私を包んだ。
「どうぞ、お掛けなさい」そう言う魔女の容姿を改めて目に納めてみる。
やっぱり私より少し背が高く、艶のある栗色の長い髪に、切れ長の二重瞼の目が印象的だ。ブラウスとタイトスカートに包まれた体は引き締まって見える。
あの時は酷く酔っていた所為で分からなかったが、再び相見えた魔女は――美人だった。
思わぬ魔女の美女振りに見惚れる私に、魔女は仕草で『どうぞ』と座るよう促した。
ソファに腰を下ろすと、自然と目線が合い、背筋に力が入って――やはり緊張してしまう。
「あ、コーヒーをお淹れしましたので、よろしかったらどうぞ」
案内してくれた女の子がコーヒーをそっと置いてくれる。淹れたてのコーヒーの薫りが鼻先を擽り、少しだけ緊張が和らぐ。
「律ちゃん、ありがと。あ、この子はウチのスタッフの牧原律さん」
「ゆっくりしていって下さいね」
「……牧原さん。あ、ありがとうございます。いただきます」彼女に答える私を魔女が不思議そうに見詰める。
「……で?」
「あ、はい。えっと、何でしょう?」
「ふふっ……。くふっ、あははは……」
『あれ?私、何か変なことしたかな?』
笑いを漸く収めた魔女が言った。
「ふふ、貴女の名前よ。教えてくれる?良ければ、だけど」
顔から火が出る、とはこのことだ。
「ごめんなさいっ!た、大変失礼しましたっ!わ、私……東雲愛莉亜と申します。助けてもらったのに名前も言わないなんて……すみません。本当に……」
「素敵ね」
「……へ?」
「素敵な名前……って言ったのよ、東雲さん」
最初のコメントを投稿しよう!